大黒山
(da hei shan=663m)
(2003年6月14日=曇りのち雨)


     ▽ガイド 経済開発区の背後にそびえる秀峰
     ▽交通  開発区北側の杏林山小区から北上の道へ。タクシー利用
     ▽ルート 滴水壺鉱泉廠から石段を登るのが一般的なルート


■不法侵入と突然の大雨

 大連は梅雨がないそうだが、6月に入ってからは小雨の降る日が多く、晴れていても霧がかかったように遠くの景色が霞んでいる。大連の山巡りに目覚めてしまった私には、なんとももどかしい日々の天候だ。
 そんな透明度に欠ける薄曇りの昨日(14日)、日本人留学生の友人ら10人で、大連市郊外にある秀峰・大黒山へ登ってきた。これが、とっても刺激的な山行で、一時はどうなることやらとヒヤヒヤものだった。今回は貴重な体験であり、中国で登山を楽しむための教訓にもなったのだ。
 大黒山は、大連市中心部から約40?離れた金州(大連市の行政区のひとつ)の東部に位置している。大連経済技術開発区の背後にそびえ、いくつものピークが連なる山容は、どこか筑波山系を思い起こさせる。
 入山ルートとなる杏林山小区に着いたのは午前10時。ここで車を降り、右手に河川工事現場を見ながら25分ほど歩いたところで、稜線へと延びる登山口に到着した。
 この辺一帯はドングリの木の森になっていて、「ここから登山するぞ!」との雰囲気が漂ってくる。空気は澄んでいるし、カッコウやキジ(雄)、お馴染みのカササギ、さらにはヒガラに似たシジュウカラ科の小鳥の鳴き声も聞こえてくる。埃っぽい街中と比べたら、透明感のある別世界である。
 カッコウは中国語で「布谷鳥(プゥグウニアオ)」と書くそうだ。聞きなしから名付けられたもので、中国の人は鳴き声を「カッコウ」ではなく、「プゥグウ(布谷)」と聞いていたのだ。中国の山麓に響き渡るカッコウの鳴き声を聞いていると、確かに「プゥグウ」でもいいかな、と思う。
 しばらく森の中を歩いたら、木の実をとっている母親らしい女性2人と女の子3人のグループに出会った。小学生5、6年生ぐらいの女の子に、何を採っているの、と聞いたら、私のメモ帳に「小桜桃」と書いてくれた。
 群生する低木(樹高1-1.5m)の小枝の下側に、小指の先ほどの丸い果実が、キイチゴのように連なっている。赤い実を採って食べてみると、サクランボのような甘酸っぱさが口の中に広がってきた。
 もう少し時間があれば採りたかったが、パーティーの姿はとっくに見えない。慌てて森の中を走り、最後尾に合流した。
 その先で、今度は20歳ほどの青年2人と会った。やはり小桜桃の実を採りに来たという。しばらくは彼らと抜きつ抜かれつの上りが続く。
 私たちは初めてのルートで、時には行き止まりにぶつかって、来た道を引っ返すこともあった。彼らも山頂まで行ったことはなさそうだが、そんな私たちを見かねてなのか、小桜桃採りを諦めて、ルートを探しながらガイドのように先導してくれた。
 登山道に入ってから約1時間後の11時半、稜線のコル部に到着。眼下には大連大学が霞んで見え、崖沿いには城壁のような石積みが続いていた。リーダーの岡田稔さんによると、約1000年前の遺構だそうだ。
 でも、やや霧がかかって展望はよくない。このところの山行は、天候に恵まれず、山水画のような風景ばかり。そろそろ、すかっと晴れ渡り、雄大な展望を楽しみたいものだ。
 ここで小休止した後、稜線の草地を登りはじめたところで、看板が立っていた。
 「軍事施設 遊人不歩」
 頂上を目の前にして立入り禁止。これまでの登りは、急登続きでガレ場越えもあった。ここで断念して下るか、それとも強行突破かの二者択一しかない。
 先発隊として岡田さんと私が軍事施設であろう、頂上に建っている通信施設の方向へ向かった。間もなく、頂上の施設と、下のゲートを結ぶ幅1.2mのコンクリート道に出てきた。頂上とゲートのほぼ中間だろう。私たちは、すでに軍事施設内に入り込んでしまっていたのだ。
 ここで、岡田さんと、案内役になってくれた中国人青年1人が、様子を見に下のゲートに向かって歩きはじめた。道のり約300mのコンクリート道を下る2人の姿がどんどん小さくなっていく。
 岡田さんたちがゲートに着いたとたん、門兵らしき2人の軍人が出てきたのが見えた。何やら話しているようだ。そのうち、「来いよ」という中国人青年の叫び声が聞こえ、日本人9人と中国人青年1人の10人がゲートに向かって歩き出した。
 外国人の立ち入りを禁止している旅順港は、無断で入って来た外国人に対して、500元(7500円)の罰金を科しているそうだ。中国の物価に慣れた私には、目眩がするほどの大金である。
 ゲートに向かいながら、「500元の罰金は痛いな」「デジカメのメモリーカードを没収されたらやばいな」「ややこしくなったら領事館にSOSしなければならないかな」。そんなことが頭の中に浮かんできた。
 ゲートに着くと、2人の門兵がどこかに連絡したようで、上司の到着待ちとのことだ。約30分後、てっきりピークに建っている軍施設から下りて来ると思っていた上司が、門の外から来た。
 責任者らしき30歳代後半の軍人と、その部下らしい2人、さらには門兵2人の計5人。彼らはにこり、ともしない。全員の学生証を記録し、フィルムは没収、デジカメは1シーンずつチェックしたのだ。
 こういった場合、最悪と最良のケースが頭の中に浮かんでくる。
 最悪は、「日本人留学生10人、中国軍事施設に侵入、全員逮捕」との新聞見出しが浮かんでくる。最良は「ごめん」ですまされることだ。
 終わってみれば最良の終息だった。しかし、最悪のケースもあり得たのである。
 今回の“不法侵入事件”を振り返ると、私たちの調査不足が最大の原因だ。そして、詳細な地図もない、登山口から注意喚起の表示もない、中国側の情報不足も一因といえる。
 しかし、これが中国なのだ。“お上”は絶対的で、まして外国人は異論を挟める余地はない。フィルムを没収された人もいたが、罰金もなく、国際問題にもならず済んだのは、不幸中の幸いと考えるべきなのだろう。
 無事に解放された後は、迷い込んだルートとは一変して、コンクリート道と階段を登って頂上に到着。周囲は中国人観光客ばかりで、つい1時間ほど前の状況との落差に戸惑うばかりだ。
 帰り道は、乗って来たマイクロバスを止めてある駐車場まで、約2.5?の下り坂。ところが、500mほど下ったところで突然の土砂降り。ウインドブレーカーを頭からかぶり、途中の木の下で雨宿りしたが、全身ずぶぬれ。登山に雨具は必携の原則を忘れた失敗だった。
 不法侵入と突然の大雨。どちらも事前の準備がいかに重要か、そんな登山の基本を改めて教えてくれた山行だった。

写真は上から

緑豊かな大黒山の中腹。日本の山を思い出させる
山頂付近に続く石垣。1000年も前に築かれた要塞
この辺りから軍事施設の敷地内。悲劇はこの後に
頂上までは急な石段が続く。地道より疲れる
ガスに煙る頂上付近の通信鉄塔
頂上で記念撮影。でも、ガスで何も見えない
頂上から30分ほど下りたところで再び記念撮影。お疲れ様でした