
大連新港・北山
(bei shan=約100m)
(2004年5月13日=晴れ)
▽ガイド 大連開発区の半島に連なる臨海の峰
▽交通 開発区から小型バス「大連新港」行きバス
▽ルート 町北部の住宅街を抜けて入山
■黄海と半島の町とコンビナート
山に登る快感のひとつは、いつも見慣れた目線の平面的な景色から、ビルや山などに遮られて見ることのできなかった“視界の向こう”に存在する世界を、自らの体力で享受できることにある。そして、俯瞰することによって、人間の小ささと大きさ、自然の懐の広さと深さ、地域社会の成り立ちを理解することにもつながる。
5月13日に「大連山の会」の三上吉彦さん、岡田稔さんと訪れた大連新港も、そんな感慨を強く抱いた山行だった。
今回は、9日後の22日に予定している「大連山の会」の定期登山会を前にした下見の山歩きで、目的地は大連湾の東側に突き出た大連経済技術開発区の半島先端部。三上さんが地図を見て、「良さそうな山がありそうなので、行ってみませんか」と、岡田さんと私に声をかけたのだ。
もっとも、地図といっても詳細図はない。山名もなければ、等高線もないので、これまでの登山経験からはじき出したカンと想像力の勝負となる。しかし、過去に“ハズレ”は一度もなかった。私たちの判断力が正しくもあり、それを裏切らぬ素晴らしさが、大連の山々にあったのだろう。
集合は軽軌(電車)の香炉礁駅に午前8時。元々は、前日の12日に予定していたが、都合が悪くなって1日順延してこの日となったのだ。これが大正解。昨日は小雨まじりの寒い天候だったが、きょうはすっきり晴れ上がっている。湾岸部の工業地帯に近い香炉礁駅一帯も、どことなく空気に透明感がある。
約30分後に開発区駅で下車。ここからタクシーで東山風景区の山を越え、約40分で大連湾と大窰湾の間に突き出た半島の先端部にある大連新港の町へ。1985年に発行されたガイド冊子「金州名所と風光」によると、ここ大連新港は鮎魚湾油港とも呼ばれ、昔はひなびた漁村だったという。しかし、1976年に石油港として開港してからは新たな都市に生まれ変わり、1985年の時点では、「輸出原油量は年間1000万トンで中国最大」と記されている。
タクシーから降り立った大連新港の町は、「新たな都市」と表現するにはいささか大げさだが、中心部には小さいながらもバスターミナルや旅館、商店、住宅が並び、道路にはバイクのタクシーも頻繁に往来している。こんな半島の先端部に町があるとはまったく知らなかったし、地元の開発区に住む人たちからも、この町について聞いたこともなかった。山あいを抜ける道路から、突如現れた港湾の町。それは新鮮な発見だった。
新港街道社区服務センター前でタクシーを降り、海とは反対の山側へと歩きはじめた。山塊は町を中心にして、右と左に分かれて連なっている。地図がないので山の名前が分からない。地元の老人に聞いたら、右手の東側は「北山」、左手の西側は「大孤山」方面だと教えてくれた。「北山」の方が高そうで、稜線に沿っていくつも見えるピークは岩盤が露出して山容も悪くはない。今回は「北山」に登ることで3人の意見がまとまり、住宅街の中を抜けて登山口らしいところに上がって来た。午前10時10分。山歩きのスタートである。
なだらかなすそ野で畑を耕していた中年の男性に「ニーハオ」と声をかけたら、笑顔を返してくれた。この男性によると、大連新港には4か所のふ頭があるといい、1か所ずつの名前を説明してくれた。この地区の人たちが、外国人と話をする機会はほとんどないだろう。しかし、警戒するでもなく、丁寧に教えてくれる口調に、大連人の人柄の良さを感じるのだ。
地元の人が行き来しているのだろうか、踏み固められた道はカシワ林の中へと延びている。背後の町並が高度を低くして良く見渡せるようになって来た。午前10時20分、最初のピークに到着。稜線の向こうに海が見えると思っていたが、その右手に南北に続く尾根があり、視界を閉ざしている。しかし、南側は、いま通って来た棟続きの住宅、2、3階建ての建物が密集する中心部、さらに海岸部から海に突き出た桟橋、石油備蓄タンクも見え、半島の先端に形成された町部の様子が手に取るようだ。
両手で抱えられるほどの石が積み上げられた第二ピークに着いたのは午前10時37分。またも東側に山並が続いて、大窰湾の景色を見ることはできない。下から山塊を見上げた時は、単調な地形と思っていたが、実際に登ってみると奥が深く、広がりを持っている。
岩場を歩いて第三から第四ピークに来たところで、やっと大窰湾側の景色が開けた。時間は、登り始めてから50分後の午前11時。陸側では埋め立てが進む大窰湾、その向こうに小窰湾、さらに金石灘リゾート地の海岸部が広がっている。正面の北側には大連を代表する秀峰・大黒山がそびえ、南側の大連新港の沖合には大きな島影が浮かんでいる。「三山島」だろうか。雄大な景色に「素晴らしいですね」と声を合わせる。
空を見上げると、小型のタカが飛んでいる。ハイタカ級か。翼の背面が白っぽい中型の鳥も滑空している。イワツバメやシジュウカラ、イソヒヨドリに似た鳥もいる。キクイタダキよりも小さくて細い鳥も木の枝にとまっている。日本では見たこともない鳥だ。遠くからはカッコウ、ジュウイチの鳴き声も聞こえて来た。絶景とともに野鳥たちの歓迎ぶりは、自称バードウォッチャーとしてはこのうえない幸せを感じるのである。
頂上部以外は広葉樹と松林になっていて、緑が鮮やかだ。「この辺の松はいいじゃないの。生き生きとしているよ」と岡田さん。確かに、大連市街地の山に自生する松と比べて、緑は一段と濃く、樹勢もある。
稜線を北に進み、第五ピークに着いたところで、左手に大規模な石油化学プラントが見えて来た。正面には埋立地に造られた新産業地区が黄色い地面を露出し、工業化に突き進む中国の姿を垣間見ることができるようでもある。北寄りの風にガス、石油臭が含まれているような気がしてきた。
やがて尾根伝いの道は、北と西へと分かれる。私たちは西側の左手へ回ることにした。午前11時53分、第六ピークに着き、ここで昼食。新聞紙を広げ、それぞれが作って来た料理をつまみ合う。これも山登りの楽しみのひとつ。料理人・ミスター岡田の評価は上々で、三上さんの卵焼きと、私のビネガー風のキュウリ漬けは合格点をもらった。「みんな料理が上手になったね」と岡田さん。山好き3人は料理好きでもあるのだ。
食後の休憩を挟んで、午後1時10分に再び歩き始めた。頂の松が見事な枝を横に伸ばしている第七ピークから第八、九ピークへと進み、林間のコル部に来たところで、北側へと下る道へと折れた。午後1時45分、石油タンク基地の周囲に巡らされたコンクリートの溝にぶつかった。溝は幅5メートル、深さ1.2メートルで、山側には溝と平行してパイプラインが取り付けられている。
コンクリート溝もパイプラインも、何の目的か分からなかったが、岡田さんがその謎を解いた。パイプラインは消火栓とスプリンクラー、溝は防火帯の役割を果たしている。山火事から石油タンク基地を守るためだったのだ。
溝の中を歩くこと15分、午後2時に道路沿いの「海青島計量駅」正門横に出て来た。行きはタクシーで通った道路で、半島の東側を一周して来たことになる。ここから金州行きの小型バスに乗り、軽軌の開発区駅近くで下車。さらに軽軌に乗って出発地点の香炉礁駅に戻ってきたのは午後3時半を回っていた。
早起きしたうえ、4時間あまりの縦走はさすがにこたえる。だが、これまで知らなかった大連新港を訪れることができた満足感と、海と山の雄大な自然、そして経済成長著しい中国の一面をも見ることができた少しの興奮が、疲れを忘れさせてくれた。
写真は上から
軽軌の開発区駅に表示されている開発区の地図。半島の先端部が大連新港
登山口となるすそ野の畑。後ろに大連新港の町が広がる
金石灘のリゾート地も見渡せる景観が素晴らしい
頂上で食べる手作りお弁当の味は最高
山並の奥にコンビナートが出現した