写真は語る 大連の素顔 office KID
※写真の無断転載はお断りします。写真についてのお問い合わせはこちらまで
港町・皮口 写真(4枚)はこちら
皮口は大連の“北三市”である普蘭店市の港町で、黄海沖合に浮かぶ長海群島への連絡港でもある。大連市と庄河市のほぼ中間点に位置し、古くから交通の要所として知られている。町の中心部には水産品や農産物の市場もあり、地元だけでなく遠方から訪れた人たちで賑わい、活気づいている。
春の西山水庫 写真(6枚)はこちら
大連市西部の水源地・西山水庫は「有山有水」の素敵な。メーデー連休の一帯は春が一気に“爆発”し、浅い緑と木々や野草の花が美しい。真っ盛りのライラックの花が強い香りを放ち、山桜桃や梨などの花々も咲き誇っている。ちょっと足を延ばしてダム湖南の稜線へ。自然界の生命感を肌で感じることができる。
春の山野草 写真(5枚)はこちら
大連郊外の野山は装いを春本番へと急ぎ始めている。2005年4月中旬。いつもの年より遅い春の訪れ。百合山庄の森も、やっと芽吹きの季節を迎えた。木漏れ日を受けた大地にアマナの清楚な花が連なり、スミレも彩りを添えている。自然界は“命のシンフォニー”を奏で始めた。
ロシア街 写真(7枚)はこちら
大連の近代史はロシア占領時代が原点であり、日本統治時代も引き継がれた建物は、ロシア時代を色濃く映し出している。その名残をとどめるのが、観光地として整備された「ロシア風情街」の東側一帯だ。1世紀の時を刻んだロシア建築の民家には中国の人たちが住み、庶民の暮らしが息づく。しかし、建物の老朽化が激しく、街は消え去ろうとしている。
「あじあ号」 写真(8枚)はこちら
戦前の大陸を疾走した南満州鉄道の高速特急列車「あじあ号」は、大連の鉄道基地内にある倉庫の中で眠っていた。豪華客車を牽引した「パシナ形」蒸気機関車。埃をかぶり、床の鋼材は朽ち、車体の鋼板もはがれている。しかし、流線型の車体、巨大な車輪は往時の勇姿をしのばせていた。
(詳しい紹介は、こちらをご覧下さい)
秋。労働公園の朝 写真(8枚)はこちら
早朝の労働公園はお年寄りたちの世界だ。西の空が明るくなりはじめたころから、近くの住人が続々とやってくる。広い公園のあちらこちらに、太極拳や健康体操、剣舞、水書道、二胡の演奏、歌のグループができ、まるで文化祭のようだ。午前9時ごろになると、お年寄りから観光客へと主役は交代する。
春の花 part2(サクラ) 写真(5枚)はこちら
中国の人はおおらかなのか、アンズやモモを見ても、「あれは桜です」と答える人が意外に多い。それだけ馴染みが薄いのかもしれないが、日本人としては桜にこだわりたい。大連には、桜名所が何か所かあるが、若木が多いので見応えはいまひとつ。でも、あと10年もすれば春の大連を美しく彩るに違いない。
春の花 part1 写真(7枚)はこちら
4月も半ばに入ると、日中の気温は15度前後にもなって、街路樹や野山の花が一気に咲き始める。一番手は、その名も春を迎える「迎春花」の黄色いだ。これを合図に、堰を切ったようにモクレン、アンズ、モモ、ナシ、リンゴ、サンザシ、サクラ、アカシアの花が次々と咲き、華やかに春を演出する。
流 氷 写真(7枚)はこちら
大連で流氷を見ることができるなんて、まったく知らなかった。友人の三上吉彦さんに教えてもらい、2004年2月15日、夏家河子へと出かけて驚いた。それは想像を超えるほどスケールの大きな流氷の連なりだった。遠浅で夏は海水浴場として知られる夏家河子の厳冬の表情。大連の自然は懐が深い。
(三上さんの流氷リポートはこちらのNo.17)
春 節 写真(8枚)はこちら
星海広場で打ち上げられた2004年の春節祝賀花火。クラシック音楽にあわせて軽やかに、時には激しく夜空を舞う”火の粉”たち。それは、繊細な芸術の領域にあった。そして、紅灯に彩られた繁華街や公園、広場。旧正月を祝う歴史の重みと、それを頑なまでに守り続ける人々の姿がある。
老 街 写真(8枚)はこちら
大連には古い住宅が密集する老街が点在する。その中には旧南満州鉄道の社宅もあり、日本との結びつきの深さを改めて知ることができる。しかし、その老街も姿を消し始め、高層住宅に建て替えられている。生活感あふれる老街を散策できるのも、ここ数年かも知れない。
逆光線 写真(6枚)はこちら
市域の三方を海に囲まれた大連。ちょっと足を延ばせば黄海に面した海岸線に出ることができる。太陽の輝きと海のきらめきは、絶妙の取り合わせだ。