小澤先生を囲む会のこと
忘れもしない、小澤先生を囲む会は、2003年のクリスマスのことだったんだ。
僕らは、はじめて小澤先生に会ったのに、昔から知っている友達みたいな感じだった。
そして、そこでロボダッチ誕生の秘密やいろんなことを聞いたんだ…

小澤先生を囲む会が、それまでも行われていたというのは、
「小沢さとるの席へようこそ」を見て知ってた。
でも僕らが参加できるなんて夢にも思ってなかった。
だから、誘われたときはほんとにうれしかったんだ。

お店に入る前はどきどきして、しばらくうろうろしてたんだけど、
中に入ったら、先に来ていたみんなが暖かく迎えてくれた。
そして、そこには小沢先生がいたんだ。
ロボダッチファンに載っていた若いころの写真しか見たことがなかったけど
やさしい目を見て、すぐ小澤先生だとわかった。

僕らは、つぎつぎにいろんな質問をしたけど、小澤先生はみんな答えてくれた。
特に感動したのは、ロボダッチ誕生の話で、つまりそれはこうなんだ。

小澤先生が、入院していたことがあって、病院では毎朝ヤクルトが出たんだって。
小澤先生はそれに、ストローで手足をつけてマジックでロボットの顔を描いた。
そのロボットを窓際に並べておいていたら、最初は看護婦さんに人気が出て、
そのあと、入院している子供たちに広まっていったんだって。

←最初のロボダッチ
はこんな感じだったのかなぁ?

そのロボットは入院していた子供たちに、どんなにか夢と希望を与えてくれただろう。
それは、そのあと全国の小学生たちに爆発的に人気が広がっていくわけだけど、
誕生秘話を聞いて、なぜ、ロボダッチがあんなに人気になったのか
わかったような気がしたんだ。ロボダッチには小澤先生の優しさがこめられていたんだね。

そしてヤクルトのロボットの後、もうちょっとかわいいロボットがほしいねってことで、
モチーフを栄養のある食べ物の中から選んで、卵になったんだって。
それで、あのタマゴローが生まれたんだ。

←最初のタマゴロー
のつもり

それから、小澤先生は50体以上のロボダッチをイマイの工場にこもって
作り上げていくことになるんだ。(まさにロボットのシャワー!)
プラモデルになったときのパーツ構成も考えて、中には図面も引いたのまであるって
いうから本当に驚いたよ。

小澤先生は、ロボダッチの世界を作ってくれた。
それは今でも僕らの中にあって、懐かしい気持や、楽しい思い出と共に甦ってくる。
子供のころの僕らに夢や希望を与えてくれた小澤先生に心から感謝します。