35.ベーカリーショップ


■□■ベーカリークラス開催 ■□■

今回の滞在中、初めての試みとして、私の貢献としてベーカリーコースを開催することになっていた。私はこの地域に1994年から関わっており、いつも「勉強させてもらう」側だった。しかし滞在を繰り返すうちに、いつしか「何か貢献できたら」と考えるようになっていた。寄付ができるほどの資金があるわけでもない私に、何ができるだろうか。そう考えたときに、前回滞在時の会話が思いだされた。

私はお菓子やパンを作ることができて、教えることもできる。そんな話をしていた時、次回ぜひ教えてという話になった。経済発展に伴い、都市ではパンやさんが人気で、特にイートインコーナーは賑わっている。しかしその一方で村ではパンを見かけることはほとんどない。また、オーブンがないこの村では、パンや菓子類は手作りできるということに驚いている様子だった。

出発前に、現地で入手困難と思われる道具を準備して、いざ、再訪。私は調査が目的で出かけたため、私のスケジュールを優先させ、その合間をぬってのベーカリークラス開催になった。一日8時間前後、合計4日間。その地域で活動している2つのNGOの合同開催となり、14名が参加した。一つは「将来、子どもたちにベーカリーコースを開催し、職業訓練の一環にしたい」という希望を持つ団体。参加者は16−17歳の女の子たち。海外のNGOから支援を受けているこの団体は、オーブン購入にあたり資金を調達した。申請から3日後にはオーブンを購入しており、支援をしているNGOの迅速な判断に驚いた。日本のNGOは、これほど素早い判断ができるだろうか・・・?
もう一つのNGOは、私が94年から関わっている団体で、2か月前にオープンした「女性のための店」と名付けられた小さな店でクッキーなどを販売したいという団体。現在、ピクルスや農作業の堆肥、揚げ菓子づくりなどに挑戦中である。その一環としてクッキーやパン作りがあるようだった。こちらの参加者は、1名の男性と、成人女性たち。2つのNGO合同のクラスが始まった。

■□■準備。まずは手を洗おう■□■

私が、最初に気をつけたこと。 それは、「石鹸で手を洗いましょう」ということ。 販売を視野に入れいているため衛生面には配慮しなくてはならない。しかし私にはもっと大きな理由があった。今まで、訪問する農村では保健衛生指導に力を入れていることが多かった。ある海外のNGOは、村の子どもを集めて「石鹸で手を洗う」ことを繰り返し教え、帰りに自宅へのお土産として石鹸を渡していた。それほど、衛生活動は重点的な課題だった。私はそうした取り組みを思い出し、「作業の前には石鹸で手を洗う」ことを強調したのだ。

例えば私が板書をして説明し、デモンストレーションをする際に、参加者の目の前で石鹸で手を洗い、「今、私は石鹸で手を洗いました。では、始めます」と両手を見せて確認。参加者が「実習」する際にも「石鹸で手を洗ってから始めましょう」と繰り返した。すると次第に参加者は「手を洗ってきて」と言わなくても自発的に手を洗うようになった。また、クラスを見学に来たNGOスタッフが「どれどれ、ちょっと貸して」と生地を触ろうとする瞬間、「石鹸で手を洗ってから!」と注意するようになった。自宅から爪切りを持ってきて他の参加者の爪を切る光景も見られるようになった。

準備段階では強力粉と薄力粉を用意できず、一時はクラス開講は無理かと思われた。粉がないのではなく、インドの主食はバラエティに富んでおり、「●●用の粉」がそれぞれ種類ごとに販売されているため、種類が豊富すぎて判断できなかったのだ。結局、製菓にも製パンにも同じ粉を使うことにした。「パン」らしき主食を作る粉。しかし試したところ、パン作りに不可欠なグルテンができない。それでも、現地ではパンらしき主食を作っている。それなら、これでパンもお菓子も作ろうと決めたのだった。試作もせず不安だったが、失敗することなく焼き上がった。もう一つ、違っていたものはドライイースト。「仁丹」のように大きな粒々で、茶色と黄緑色のものがある。どちらの色を使うのかと問われ、ドライイーストに緑色のものがあると初めて知った私は、とても困った。いつも使っている色と同じ茶色を選び、見たことがない大きな粒粒を目の前に、これをどうやって使おうかと悩んだが、それも工夫して、参加者が使いやすいようにアレンジした。

作業テーブルは、使っていない事務机を利用した。床に座って料理をすることが多い農村では、作業台がないのは仕方ない。まさか床に座ってパンをこねるわけにいかず、事務用机の上をきれいに拭いて使うことにしたのだ。

期間中、滝のようなスコールに見舞われた(・・・季節外れのスコール。通常、このスコールは9月にあるはずなのに、地球温暖化の影響か?)。何が大変だったかというと、窓ガラスがない(つまり風通しの良い)2階建ての建物の2階の部屋を使っていたため、教室に雨が吹き込んでくるのだった。せっかく設置したオーブンや道具ガ濡れないよう、それらを部屋の中心に移動させ、黒板の前に敷きつめた座布団代わりのゴザも全てたたむという大仕事。気がつくと、わらぶきの屋根からは雨漏りが・・・。教室の床には水溜りができ、製菓用のボールを雨受けに使わなくてはならないほどで、雨が止むのを待ち、掃除をしてからクラス開講となった。

また、毎日「停電」があった。この地域では電気供給が安定せず、毎日数時間の停電がある。電気オーブンを使っているため困ったが、作業の順番を変えたり、休憩時間を入れたりしながら、焼くことにした。この経験から、将来ビジネスを始めたいというNGOは、後日「ガスオーブン」を購入したという。

■□■美味しいね■□■

焼きあがったふわふわのパン、参加者が大好きなバナナケーキ、星型とハート型のクッキー・・・。星やハート型のクッキーは、初めて見たとのこと。見ているだけでもかわいくて、ハッピーになれる。村の子どもたちが1個1ルピーで購入でき、しかもハッピーになれるクッキー。4日間で、数種類のお菓子とパンを作った。デモンストレーション、黒板で説明、参加者のグループ実習。私が帰国しても参加者が作れるように、説明しては作るという繰り返し。

今回強く感じたことは、彼らは作り方を知らないだけなのだということ。道具があり、技術を身につければ、美味しく焼けるのだ。パンをこねる際にも、インドのパンを作っている彼女たちは簡単にこねあげた(むしろ日本でパンの作り方を教える方が時間がかかる)。少女たちには「服を洗濯(洗濯機はないため、手洗い)すようにゴシゴシこするようにね」と言うと、上手にパン生地をこねることができた。作り方を知らないだけで、技術や知識を身につければ、同じようにできるのだ・・・。「知っている」「知らない」は、こういうことなのだと実感した。

試食用のクッキーを味見した後、「もっと食べる?」と質問すると、「いらない」との返事があった。やはり味覚が異なり、受け付けないのか?と心配になったところ、その理由は「家族に持って帰りたいから」という返事が返ってきた。パンやクッキーを食べたことがない家族には、大変喜ばれたとのこと。一切れのケーキでも大切に包んで持ち帰る姿が印象的だった。

オーブンのタイマーが自動的に動くことに驚いているスタッフたちがいた。例えば焼き時間「30分」に合わせると、自動的に「ゼロ」までタイマーが動き、、焼き上がりには「チーン!」と音が鳴ることが不思議だった様子。私たちが当然に思っていることも、そうではないのだなと感じた瞬間だった。

感心したこと。動物のパンを作る際に、私は「ゾウ」「犬」などを作ったのだが、インドでは「魚パン」があるそうで、作ってほしいと言われた。魚パンを見たことがなかった私は、「やってみて」と生地を渡すと、初めて触るパン生地にも関わらず、魚の形を形成し、うろこまで忠実に再現したパンを作っていた。興味深かったのは「サモサ」パン。インドのスナック「サモサ」は、パイ生地にカレー味のポテトをはさみ、三角形に折りたたんで揚げたもの。そのスナックを再現した「サモサ」パン、女性が持つハンドバッグを形作った「バッグパン」など、アイデア満載だった。 楽しみながら知識と技術を身につけた参加者たち。このベーキングクラスがいつか本当に役立つ日が来ますように。

それから・・・。「調査者」という立場で地域に入るより、特技や、人々が関心を抱きそうな領域から関わることで、その地域の人と関係を築き易くなるのではないかということに気がついた。日本の地域では、どうだろう。地域に関わることは、人と関わること。私なりの関わり方を見つけていきたい。


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