33.保健活動から経済的自立へ


■□■「女性のための店」オープン ■□■

前回の滞在から約半年。それほど大きな変化はないだろうと思っていたNGOのアプローチが、また変化していた。変化というより、具体的になっていたというほうが良いかもしれない。このNGOは健康、保健からのアプローチを中心として長年活動を繰り広げてきた。前回の滞在では「権利を基盤としたアプローチ」を掲げ、例えば「土地の所有権」のために活動を展開していた。村の保健衛生問題が落ち着いたところで、今度は「人々がもつ権利」や経済的自立に関心が向いてきたようだった。

今回の滞在で、新しく試みられているプロジェクトを目にした。
このNGOでは「女性のためのショップ」を2か月前にオープンさせ、「その店で販売する商品を自分たちで生産し、自分たちで販売する」ということが試みられていた。

その店は村から車で30分ほどの地域にある。主要なバスが到着するバスターミナルがある地域で、店が多く建ち並ぶ、賑やかな場所だ。バスターミナルと言っても大きなバス停広場があるのではなく、道沿いにバスが停まるのだが、どこか遠くに出掛ける際にはこのバス停が拠点となる。近くにそのNGOの現地事務所があることと、人通りが多いため、ここに店を構えたのだそうだ。

オープンしてから2か月が経過するその店には、村の女性たちが作ったピクルスの瓶が並べられていた。マンゴーピクルス、ドラムスティックピクルス、オニオンピクルス・・・種類が豊富だ。それ以外には、どこかで仕入れてきたであろうキャラメルと、携帯電話用のテレホンカード。携帯電話が急速に普及しているインドだが、システムは日本と異なる。通話量の支払いは「銀行口座から引き落とし」または「振り込み」などではなく、事前にテレホンカードを購入する仕組みだ。スクラッチ状になっている部分を削ると、暗証番号が出てくる。指定されたサイトに接続し、その番号を急力すると、購入した金額がチャージされるという仕組みである。現在のところ、この店での売り上げのほとんどが、このテレホンカードで占められている。他の商品は、ようやく農業用の「たい肥」が販売開始されたこところだった。以上…。商品の陳列としては、少々寂しい印象がある。

店を構えるということは、商品を生産して販売する以外にも、関連知識が必要になる。計算ができないと合計金額を出せない、お釣りを渡せない、帳簿をつけられない、在庫の数がわからない、文字を書くことができないと帳簿をつけられない・・・。また、どういった人たちが何を購入していくのかというマーケティングの知識が必要になる。「店をオープンさせる」ということは、幅広い領域に接することでもあった。「女性のための店」では、利益を出すというよりも、女性たちがこのプロジェクトに関わることで知識や技術を身につけること、ピクルスの作り方を身につけて自分で販売できるようになること、作り方を教えられるようになること、などの可能性を探ることが目指されている。

■□■ピクルスのこと■□■

この店では女性たちが商品を生産し(それによって女性たちが技術を身につける)、それを販売する(読み書き計算、マーケティングを学ぶ)ことが中心となっており、その中で最も力を入れているのが「ピクルス」だった。ピクルスとは、日本の梅干しのような感覚で、インドでも食事の際にご飯と共にいただく。ピクルスを生産をする日に誘いを受け、見学したところ、大量の唐辛子を投入している光景に驚いた。3日後に瓶詰をすると言うため「作りたて」の味を見ようと、ほんの少し、指につけて舐めてみた。

辛い!

1滴だけ舐めただけなのに、喉にまで強い刺激があり、咳込んでしまった。3日後も、その辛さはまろやかな甘味に変わることなく、再度私は咳込んだ。私は現地の人と同じ食事をしている。時には、現地の人が辛いというものも平気で口にし、びっくりされることがある。その私が「辛いよ!」と言っているのに、スタッフは何も言わない。真っ赤なピクルスと、ピクルス生産の際に使用した、たっぷりの油が浮いている瓶を見ながら、やはり私と彼らの味覚が異なるのだなと思った。

ある日のの昼食。そこには、生産されたピクルスの瓶があった。あの辛いピクルスを、誰が食べるのだろうか???私は興味津々に眺めていた。そこに登場したのが、現在NGOを中心的に運営しているスタッフだった。いつも通り、セルフサービスで、食器を手に取り、ライスを盛り、野菜を取り・・・ピクルスを2つ。いつもと変わらず、スタッフとお喋りしながら食事が始まった。お喋りをしながら、右手でライスとピクルスをミックス。いざ、口へ!
「!!!」
「何だこれは!!!辛い!!!」と咳込みながら叫んだその姿。
「何だこの辛さは!辛いじゃないか。どうしてこんなに辛くしたんだ!」(ゴホッ、ゴホッ)
「…こんな商品を売っているのか!すぐに全て回収だ!!!」

「ね、だから言ったでしょ、辛いよ、って。今まで味見しなかったの?」
という私の質問に、スタッフは今まで味見をしたことがなかったのだと言った。作っていた本人たちが味見をしていないなんて。しかもこのピクルス生産のために、講師を呼んで講習会を開催しているのに。レシピノートを見ながら作ったはずなのに。何故?講師は、これほどまでに辛いピクルスの作り方を教えたのだろうか?

辛いピクルス生産の理由は、村の人たちの生活習慣にあった。貧しい地域の食事では、野菜を買うことができないためにおかずを作ることができず、唐辛子をかじってその辛さでご飯をかきこむということがある。辛いものに対する拒否感がるどころか、辛いものは受け入れられやすいのだと言う。つまり、講習会で習った「美味しいピクルス」のレシピどおりに作られていたのではなく、村の女性たちがピクルスを生産する際に「唐辛子多め」に変えてしまったのだという。

ピクルスに限らず、「唐辛子多め、塩多め、油多め」に調理されることが多い。特に都市部では、最近では成人病予防のために「唐辛子少なめ、塩少々、油少々」とコントロールする人が見受けられる。砂糖たっぷりのチャイやコーヒーを、砂糖とミルクなしのブラックで飲む人が増えている。伝統的にミルクと砂糖を入れたチャイやコーヒーを飲んできたインドでは、食生活が変化して健康を重視するようになってきている。しかし村では、まだそうした食生活の変化は見られない。トレーニングセンターの昼食でも、刺激の少ない調理をするよう申し入れているにも関わらず、改善されていない。時々、辛さ控えめの料理が出てくると、人々は「味がなくて美味しくない」と言って、あの辛いピクルスをプラスしたり、塩を足すのだった。

ピクルスの辛さが(ようやく)NGOオフィスで話題になっのだが、ピクルスを購入した客から「油が多い」という感想が届いていたのも事実だった。辛さの好みは賛否両論あるようだが、責任あるスタッフの「体に悪いものを販売してどうするんだ!毒を生産するんじゃない!」とのことで、今後改善される見込みだ。

■□■これからの課題■□■

「女性のための店」に関して、いくつか課題もある。まず第一に、商品が少ないこと。現在、インドの揚げ菓子を練習中である。ピクルス生産と同様、講師を呼んで講習会を開催したとのことで、受講生たちが生産の練習をしており、いずれ陳列棚に並ぶ見込みだ。この他に、「ミキサー」という、「インスタントヌードルのカレー味のようなもの」とグリンピースやピーナッツなどを混ぜたおやつの生産準備をしている。また、バターミルクと言って、ヨーグルトの上澄み液のような酸っぱい飲み物にスパイスの葉を混ぜた飲み物の準備もしている。後にパンやお菓子の作り方を教えることになるのだが、いずれアイテムは増えていくものと思われる。

2つ目の課題として、販売スタッフの確保がある。現在1名の女性を雇用しており、彼女は以前サリーショップで販売員の経験があるそうだが、彼女に言わせると「暇」だと言う。販売アイテムが少ないため、客は一日に数名ほど。彼女は数ヵ月後には結婚予定で、それを機に退職するつもりだと言った。彼女は毎日、ただ座っているだけだった。

バスターミナルがあり、人通りが多いこの地域で、周囲の店は19時まで営業している。しかしこの店は17時には閉めてしまう。「利益を目的としない」と言っても、これでは「店」の意味がないと言うのが、NGO責任者の言葉だった。例えば女性が少額ずつ出し合って設立した女性組合は、、「人々のために、女性のために」活動しているという理由で休みがない。女性銀行は毎日オープン。「祝日だからこそ、女性たちは外出や買い物のためにお金が必要になるだろうから」、という理由だ。しかしこの「女性のための店」は、カレンダーどおりにお休み。しかも、ヒンドゥ教徒の彼女が、キリスト教徒の祝日の日に出勤していなかったのだ。

ある日、この店の近くを通りかかった私とNGOスタッフが、店の様子を見に行こうと店に向かったところ、シャッターが下りていたのだ。「何をしているのだ!」と激怒したスタッフが。店員である女性に連絡を取ったところ、「カレンダーでは祝日だから休んだ」という返事が返ってきた。しかもその日はキリスト教徒のお休みで、ヒンドゥ教徒の彼女は関係がない。バスターミナルに近く、人通りが多いこの通りにおいて、シャッターが下ろされている店はただ1つ。「女性のための店」だった。「何か用事があって買いに来る人もいるだろうから、こういう日こそ、店をオープンさせるべきだ」というのが責任者であるスタッフの言葉。事務所から車で30分ほど離れていては、現場の様子を把握するのも大変。スタッフに対する意識改革は、これからだ。

3つ目の課題は販売方法だ。販売アイテムが少なく、顧客が少ないこの店で、農業に使用する「たい肥」が発売になった。すでに数名が購入したという。このたい肥はセンターで手作りされており、質が良いと評判のようだった。この「たい肥」を購入した客にリピーターになってもらおうというのが新たな構想だった。つまり購入時に名前と連絡先を聞き、定期的にお届けするという計画。これhなら、確実に販売できる。NGO責任者は次から次へとアイディアがわき出てくるのだが、スタッフは時々、その発想についていけず、実行までに時間がかかる。デリバリーサービスは、この地域では新しい試みである。その必要性を訴えても、現場で働くスタッフには、なかなか受け入れられない。いつしか、新しい試みとして「デリバリーサービス」が脚光を浴びる日が来るのだろうか。


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