30.村での活動<action>


■□■新しいアプローチ■□■

NGOスタッフに、私が滞在していた1997年と現在の、NGOのアプローチの変化をインタビューした。

「え?初耳!」と、聞き返したのは、「人権(権利)を基盤としたアプローチ」。

以前、私が滞在していたNGOは、村の人たちにトレーニングをしたり、共に村の問題を考えたり、村の中にグループをつくり、メンバーが定期的に小額ずつ積み立てる「サンガム」活動をしていた。それが主な活動で、他には現地のNGOのネットワークを作るというような活動もしていた。その活動から「権利」を強調したアプローチへと変化していた。

以前、こんな姿は見なかったと感じたのは、住民が土地を手に入れ、そこで共同で田畑を耕すよう積極的に推進していたこと。ココナツの木を植えれば、その実一つでジュース(水分補給できる)、果肉(調理に使える)、皮(食器洗いのたわしになる)というように、無駄にする部分がなく全て活用できる。たくさんの実をつければ、市場で売ることもできる。・・・これは、以前から活動に含まれていた。しかし、米と唐辛子しか購入できないという村では、野菜は高くて買えず、唐辛子の辛さで米を流し込むという食事が続いている。たいてい、こうした村では、「ヘビを捕まえる」カーストに属しているが、今はヘビはあまり見られず、仕事がほとんどないのだ。だから、食生活も貧しくなる。何よりも栄養の偏りが見られるため、ココナッツに特化することなく、野菜を植え育てること、それを調理し食べることが重視されているようだ。さらに、「共同の土地を管理」することで、地域の結束力も高まるというのである。

また、住民の土地を登記すること、共同の土地を手に入れたら、それも登記することが推進されている。このインド南部は(それ以外の地域もそうかもしれないが)、企業進出が著しく、インド国内外の企業が農村に進出し、土地を購入しているのだ。何が起こるかというと、一時的に立退き料を支払われても、その金額はその後の生活を継続すのに十分ではなく、いつしか底を突く。知らない土地で生活を始めたものの、あっという間に生活困難に陥ってしまうという問題が深刻化しているのだそうだ。だから、土地の登記。この土地は、私の土地。私の家。土地を、自分たちで守っていかなくてはならないのだという。

このように、アプローチは少しずつ変化していた。・・・しかし、一つの素朴な疑問。当時も、人権を基盤としたアプローチがおこなわれていたように思う。「食糧の確保、水の供給、行政のコンクリートハウスを手に入れる・・・」等。そして、その問題を取上げて活動するというスタンスも、変わらない。その基本は、人々の権利ではなかったか。それなのに、何故、今、改めて、「人権を基盤としたアプローチ」なのだろうか???

大きく異なるのは、以前は、「トレーニングを通じて、村、地方自治、経済、政治、健康など様々なことを学ぶ」というスタンスだったが、今は、「私たちには権利がある!」と、より積極的に、活動的になったことであった。もしかしたら、それは運動的かもしれない。水を供給するのは行政の責任。村の人には、水を確保する権利がある。だから村の人たちが自ら行政に要求する・・・。ということで、そのNGOは、「私たちには権利があるのだ」ということを強調したトレーニングへと発展させていた。そしてさらに、「人々は情報がないためにそれら権利を手に入れられないのだ」ということで、情報提供にも力を入れていた。「権利」「情報提供」「私たちは後ろから支えるだけ」というけれど・・・。それだけで、良いのだろうか?

要求・・・。村の人が要求すれば、すぐに行政が動くのだろうか。それならば、村の代表者が集まり、一斉に行政に要求すれば、あっという間に問題はなくなる。しかし現実は甘くはないだろう。それほど、行政やハイカーストと村の人が、円滑な関係を築いているのだろうか???

■□■フォローが大切!■□■

その疑問に対する答えがあった。今回の滞在の最終2日前に、遠方から駆けつけてくれた仲間に、「この10年間の話」を聞き、「現在は何をしているの」と話を聞いていたとき。当時元気一杯だった彼は、今は何だか悲しそうな表情をしていて、私も少し寂しくなった。家族の問題を抱えながらも、今は自分のNGOを運営しているという彼。その話の中に、今まで聴いたことがない話があった。私は今まで多くの仲間に出会い、話を聞いてきたけれど・・・誰も話さなかったこと。それは・・・。

それは、「人権」を基盤にした活動へと変化した、ある年の出来事だった。人々が行政に要求に行く。村の自治組織のリーダー(ハイカースト)にも要求に行く・・・。その村には、村の人たちのこうした活動を快く思わない行政職員と、自治組織リーダーがいたそうだ。その村で、人権を基盤に活動をし、人々は自らの権利を求めて行政やリーダーに要求・・・。その「要求」は、いつしか村の人との対立へと深まった。この知らせを受けたスタッフは、調整や情報収集のために村を訪れたそうである。その際、村の代表者と共に自治組織リーダーのところに訪問したところ、大喧嘩となり、後ろから大きな石を投げられ、後頭部から出血して数ヶ月入院したとこのと。さらにこの出来事は警察へと伝わり、NGOの取調べ・・・何をしているのか、何処から寄付を得ているのか等の調査、裁判所への出廷など、それはそれは大変だったそうである。そして、話によると、こうした出来事は、少なくないという。

結論から言うと、この出来事がきっかけで、彼はNGOを退職し、独立することになった。「何かがあったときに、どうするの?」という私の質問に「情報提供すればいいんだよ」という答えが多かった、今までのインタビュー。そんなにうまくいくのだとろうかと考えていた私は、彼の話に驚くと同時に、「やっぱり・・・」と思わずにはいられなかった。確かに、「権利」、「要求」、「情報提供」はとても大事。しかし、その情報を得て人々が行動するようになるのなら、その行動をフォローしたり、共に歩むことも大事ではないだろうか?「後ろから支える」だけではなく、同じラインに立つことも必要かもしれない。活動的なアプローチへと変化したのなら、何かが発生した際の対応を考えたり、時には一緒に闘う覚悟も大切。実際に、このような声が何人かの人たちから聞かれた。例えばトレーニングをしたのなら、その後のフォローもする。わからないことがあったらいつでも聞けるサポート体制を。地域での実践でトラブルが発生したら相談に乗れる体制を・・・。地域で活動するということは、きれいな部分だけを見るのではなく、人々や組織、地域のどろどろした関係にも関わるということ。それは日本でも同じ。地域に関わる仕事をする際に、私たちはどんなスタンスでこの仕事をしているのか、共に取り組む覚悟はあるか、私も含めて、よく考える必要があると改めて思った瞬間だった。

■□■持続的な活動を目指して■□■

何はともあれ、試行錯誤でアプローチを展開しているそのNGOで、私が頼もしく感じたのは、世代交代を感じさせる組織構成だった。コーディネーターとして活躍しているのは40代、30代のスタッフたち。当時共に過ごした仲間が、今は責任者となっている。「何が大事か」、頻繁に話をしていた仲間が責任あるポジションに立っていて、スタッフ間の情報共有やプログラム運営が、わりと円滑に進められているように感じた。新しく入ったスタッフも、有能な人材が集まっているようで、それは古くからの仲間も「今が(人材が)一番良い時期」と言う程であった。環境、教育、法律、社会福祉(ソーシャルワーク)修士のスタッフが集まっている。そして、皆、熱心。インドは現在、景気が上向きで、農村に入って仕事をする人材が不足しているそうで(ハードワークなのにも関わらず給料が安いため)、こうしたNGOに職を求めてくる人が減少しているとのことであったが、それでも私は、今いるスタッフの力に期待して、いつかまた活躍している姿をお互いに報告しあいたいと思った。

ただ、気がかりなことは、こうしたプロジェクト運営は、例えばNGOからの寄付で成り立っているということ。「このプロジェクトはあと何年」という期限付き。寄付の期限が来たら???どうする???期限が来たら終わり・・・ではなく、期限が来ても、地域の人たちが自分たちでその活動を継続できるようなプログラムにはならないものだろうか。「期限が来たら、終わり(解雇される可能性がある)。」ということを何度か経験しているであろうスタッフたちは、どことなく、「期限」以降は知らない・・・というようなスタンスでいる。また、NGOの給料は高いとはいえない現状で、家庭を持つ人にとっては、収入は大きな問題。せっかくの有能な人材を手離すことなく、確保できないものだろうかと、外部者ながら、思った。


■ 次回は・・・人々の力強さ