27.帰国後〜一人ひとりが考えること〜


■□■「地球市民」として考えること■□■

ちょうどこの滞在が、始めてインドに訪れた年から10年目になる。ある意味では、私の節目でもある。6年前のインド滞在時にはマザーテレサが亡くなり、地域に根ざした活動とは何か、ソーシャルワークとは何かを考えた。そして今回は津波の混乱時に現地に居た。あの混乱を目にしながら生死について考え、私に何ができるのか、専門である社会福祉の知識はどう生かされるのだろうかと考えた。またもや、人生に大きな影響を与える経験をしたと思う。

津波という事態を通じて、私に何ができるのか、何をすればよいのか考えた。朝から晩まで、テレビをつければ津波のニュース、会話も津波、そして夜行列車ではこれから救助に向かうという海軍兵たちと一緒になった。私が毎日接している学生とほぼ同じ年齢の彼らが、あのテレビ画面の光景の中に入っていくことを考えると、「日本」「インド」という国の出来事として考えるのではなく、一つの「地球」で生活をする者として何ができるのか、私は何をすれば良いのだろうか、何ができるのかと考え続けた。

私には何ができるのだろうか。

帰国後、日本で仕事をしていても、特にアジアの諸問題は私の頭から離れたことがなかった。いつかまた、国際福祉を学びたい。いつかまた、現地で村の人々と共に活動をしたい。そのためには何をすればよいのか自問自答を繰り返していた。6年前から、いつも考えていた問いの答えが出ないまま、現地で同じ問題に突き当たった。ただ単に報道を眺めるのではなく、「私だったらどうするのか」考えると、それは意外に難しい。例えば日本で現地の各種団体と連携をとり、または現地NGOと日ごろからお付き合いがあれば、地域に根ざした必要な支援を展開することは可能で、そこに支援金を援助することで、村の復興と、人々の力を引き出すことにもつながるのではないか・・・というのが、精一杯考えた答えだった。彼らは物を与えられるだけではなく、本来持っている力を発揮することができれば、(私たちが考える以上の)環境の向上と人々の力の向上に繋がっていく。

村の人々は、力を持っている。この10年間の活動を目にした私は、そう信じている。

「**の国の出来事」として一国から眺めるのではなく、「地球で生活をしている一員」として何ができるのか、何をすべきなのか、日頃から考える機会を作ることが必要ではないだろうか。

この10年で私は何が変わっただろうか。少しは成長しただろうか。


■ 次回は・・・<続編>2007年・夏