24.さようなら、インド


■□■ティーパーティー■□■

「カナはとてもタフだった。小さいのに、その行動力はどこから沸いてくるのか不思議だった。我々以上に熱心で頑張りやだ。こんな外国人は見たことがない。そうそう、一年間に何度も赤痢になるなんて、こんな人も初めてだった。」
神妙な面持ちで頷いていた人たちが、ケラケラと笑った。

再び、一年で一番暑い五月がやってきた。

今日は私のお別れ会だ。午後の紅茶の時間に、ビスケットがついている。椅子を丸く並べただけの小さな小さなティーパーティーだった。しかし私はこの時、幸せな結婚をしたクマールのことを考えていた。 彼はある朝、自宅のバスルームのドアの前で倒れてしまった。それを知った上司が、運転中に倒れると危険だからという理由でその日のうちに解雇してしまったのだ。ポケットベルを持たされ、時間外にも呼び出されて上司の私用にも働かされていたクマールは、時間外手当も休みももらわずに懸命に働いていた。だから過労で倒れた
のだろうと、誰もがそう思った。

しかし職員たちの意見は上司に聞き入れられず、その日のうちに解雇文書が発行され、彼は職場を去った。あんなに働いたのに倒れたら解雇なんて、まるで使い捨てのようだ。それ以降私たちは、クマールについてあまり話さなくなった。話をしたくなかった、と言うほうが適しているかもしれない。「職場を去るのは悲しいけれど、ここで働けて良かった。皆家族のようだった」というのが彼の別れの言葉だったと言う。私が農村に滞在中の出来事だった。

その時にビスケットを買ってきて小さなティーパーティーを開いたのよ、とマリアから聞いた。

その小さなティーパーティーが、今、私のために開かれている。

ここの職員たちは、日本人よりも一生懸命に働いている。研修に行ったり村に行ったり、全員が集まるのは月に一度あるかないかだ。日本人は過労気味だなんて、そんなことはないようだ。体を酷使して働く人は何所にでもいる。彼らが何故、家族から「仕事を辞めてほしい」と言われるまで働くのかといえば、「村の人と働くことが好きだからさ」と言う。そんな彼らは将来、自分のNGOを立ち上げたいという目標を持っている。とても頼もしい。だから、忙しいのに全員がティーパーティーに集まったことは、嬉しさと悲しさが入り混じって複雑な気分になった。本当に終わりなのだなあという気分だ。 いつも冗談を言い合ったり、その日にあったことを話したり、将来のことについて相談したり家に遊びに行ったり。わいわいがやがやと過ごしてきた仲間が、今、しんみりとお別れの言葉を述べている。

泣かない。 寂しくない。私には、一つのことをやり遂げた後の達成感に似た、すっきりとした気持ちがあった。これには自分でも驚いた。カナはこのままここで働きなよ、ここに就職しなよと何度言われたことだろう。冗談だろうと聞き流していたら、どうやら本気らしかった。このまま残ろうかな。私も、村が好きだ。人が好きだ。人と一緒に頑張るのが好きだ。いろいろあったけれど、このインドの地が、私を何倍にも成長させてくれた。

しかし、私は考えた。このままずるずると残って良いものだろうか。一年間という期間で日本を発ったのだから、まず戻った方が良いのではないか。そうしないと日本に戻ることはないかもしれない。もしインドに残る運命なら、このチャンスはきっといつか舞い込むだろう。私は運に恵まれている。きっと、また会える。それに私は、ずるずるするのが嫌いだ。 やっぱり、戻ろう。

「インドも日本も関係ない。私たちは海を越えた家族なのだから。遠く離れていても家族なのだから。そうでしょう?」という言葉が染み渡る。「カナにはつらい出来事があったようだけど、でも気にしないで。懲りずにまたおいで」と、資金調達の話を気にかけてくれている。

プレゼントがあると言って手渡されたのは、えんじ色のサリーだった。

そういえば、数時間前に職員たちが私をちらちら見ながらこそこそ話していた。何を話しているのかと聞いても教えてくれず、「なんか、感じわる〜い!」と思っていた。サリーを着る時に忘れてはならないブラウスも、ちゃんとついている。オーダーメイドのブラウスなのに、私のサイズをどうやって知ったのだろう。聞けば、私と同じくらいの体格の職員をサリー屋に連れて行き、彼女のサイズでブラウスを作ったのだという。着てみると、ちょうど私にぴったりだった。時間をかけたプレゼントである。

■□■悔いのない人生を!■□■

この一年間、たくさんの貴重な経験をしてから、私は一日一日をとても大事にするようになった。 そして、ちょっと辛いことがあっても、それが楽しく思えるようになった。

不思議なことがある。もし帰りにバンコクの病院で検査をしていなければ、私は死んでいたかもしれない。バンコクの薬は、日本では許可されていないほど強力な薬だ。この出来事以来、何が起きても、それは私に与えられた運命かもしれないと考えるようになった。

きっと今ごろ、シャンティは照りつける太陽の下でバスを待ち、あちらこちらの村をまわっているだろう。マリアは修道女として村に出かけて保健活動に精を出し、ラジュはバイクに乗って村から村を駆け回っている・・・。

素晴らしい人との出合いは、私の財産だ。

死にかけたこと、悩んだこと、楽しかったこと。
ここで私は強くなり、優しくなり、何が起きてもへっちゃらになった。
人生、いろいろあったほうが楽しいかもしれない。

この経験も、私の財産。 この出逢いも、私の財産。

またいつか、会う日まで!


■ 次回は・・・<続編>6年振りの訪問