23.治安について


■□■南京錠は語る■□■

それは、いつもと同じ一日の始まりだった。

9月は、村に滞在するために地方のNGO事務所を拠点にし、そこに送り込まれた3人のスタッフと共同生活を営んでいた。いつものように起床して顔を洗い、牛乳売りから牛乳を買い、紅茶の準備をし、六時半には水が出た。私たちは慌ただしくバスルームの大型バケツに水を溜め、台所で昨日の調理器具の洗濯をした。同時に、交代で水を浴びて衣類の洗濯をする。いつもの事ながら、慌しい朝だった。

その時、血相を変えて人が飛び込んできた。同居人たちが、ばたばたと出て行く。

道を一本挟んだところにある別のNGO事務所に、泥棒が入ったのだ。

大きな南京錠は壊されていた。鍵が壊されたのではなかった。ドアは木製のため、ドライバーで何とかすれば鍵ごと取り外すことが可能だ。ちょうど南京錠がついていた場所が、ベリッと剥がされていた。玄関の入り口には、オレンジ色の小さな豆電球がぼっとついたままだ。それがとても不気味だった。事務所の中はめちゃくちゃで、足の踏み場も無いほどに荒らされている。棚に整理されていた本や資料がばらまかれており、一番奥の部屋にある金庫のドアがこじ開けられている。床には木槌とドライバーがころがっている。

ここにはバスルームと台所、そしてもう一つの部屋がある。それなのに、ドアを開けた形跡はなかった。そのため犯人はきっと、内部事情に詳しい人物ではないかということになった。

実は昨日、この事務所でソーシャルワーカーの話し合いが開かれていた。彼らは村のサンガムで集めた積立金を持ちより、この金庫に納めた。たったの千三百ルピー(約四五五〇円)だが、事務所の代表者は念のため、帰る間際に金庫から全額を取りだして家に持ち帰っていた。そのため被害総額は、金庫に残っていた小銭程度で済んだという。

リーダーである彼は、警察に届け出る事はしないと宣言した。このままにしたらまた被害に遭うかもしれない、届けた方が良いのではないかと言うのは私だけだった。届けない理由は、捜査に多額の金額を支払わなければならないからである。いわゆる賄賂だ。インドの警察はこうでもしない限り、捜査を開始しないのだと説明された。それにここでは賄賂がまかり通っているため、賄賂を支払った後にも多額の謝礼を支払わなければ捜査活動をすることはなく、犯人を突き止めることもしないのだという。

インドによくある南京錠は、狙われやすいシステムだ。外から見て南京錠がかかっているということは、留守にしているという事を意味する。つまり家の中に人がいればわざわざ外から鍵をかけずに内側から鍵をかけるだろうから、外に鍵がかかっていれば留守なのは一目瞭然である。幸運だったのは、この事務所に人が寝泊りしていないことだった。これがもし私たちが寝泊りしている事務所であれば、全員殺されていただろうと集まった人が口々に言った。金庫に何も入れていなかったため窃盗にあわなかったのと同じように、殺されなかった私たちもまた幸運だった。

■□■そして、私たち■□■

ある晩の出来事である。しんと寝静まったころ、どこかの家でドアをがんがん叩く音と、「キャーッ!」という女性の甲高い叫び声がして、数人がバタバタ走り去る音が聞こえた。私は深い眠りについていたが、ぱっと目が覚めた。近隣の家の電気が一斉についた。夢ではない。音は、すぐ裏の方から聞こえた。私は怖くて身動きができなかった。隣に寝ていたマリアに、今の音が聞こえたかどうか話しかけてみた。

心臓がドキドキしている。外は次第にざわめいてきた。時計を見ると、夜中の二時から三時になる時間だった。近隣の人々が集まって何か話をしている声が聞こえてくる。共に暮らしていた男性スタッフが外に出て行った。全員出て行くと、その隙に今度は私達の事務所が狙われるというので、私とマリアはそこに残ることにした。女二人で残るのも、また怖い。なにせ、「インドの泥棒、イコール殺人」なのだから。

インドではこうしてわざとドアを叩いたり叫んだりして、驚いて家から人が出てきたところを狙い、盗みに入る手口が多い。ここは閑静な住宅地だ。比較的裕福な人たちが暮らす新興住宅地。隣の家の人は私たちが留守にしていると、牛乳売りから牛乳を買っておいてくれる。休みの日にゆっくりしていると、遊びにおいでと誘ってくれることもある。近所づきあいも良いものだ、この地域は静かだし生活しやすいと感じていたのは始めのうちだけだった。たった一か月の間に連続して起こった一連の事件から、私たちはこの地域も物騒かもしれないと警戒するようになった。

■□■ああ、ここでも!■□■

さて、久しぶりに村から帰ると、チェンナイの家では門番が雇われていた。家主が雇ったことくらい、すぐに察しがついた。私たちには門番を雇うことができる費用がないからである。しかし急に、一体どうしたのだろう。不思議に思い、村に行かなかった人に聞いてみた。

ある朝、起きてみるとこの家の敷地内に女性の死体が放置されていたのだという。家主は医者で、その二階には外国人(私)が暮らしている。この二つの点がインドの法律に引っかかるということで、家主が三日間警察に拘束されたらしい。本当なら外国人である私も、警察に連行されて取調べを受けなければならなかったという。いつも運が良い私はこの時も運が良く、村に滞在していたので拘束を免れたということだった。

チェンナイのこの地域は物騒らしいと、よく耳にした。私は閑静な住宅地で落ち着いたこの家が好きだったが、それは勝手な思い込みだということがわかってきた。だから門限は七時なのだ。そういえばいつか、近くにあるキリスト教系の女子寮の門限は五時だと、仲良くなった寮生の女の子が話してくれたことがある。
「ねえ、知ってる?このあいだ、そこの建物の門番が殺されたの。門番を殺して、家の中で寝ていた家族も殺して、金目の物を盗んでいったらしいよ。去年もこの辺で、同じような事件があったのよ。カナ、ここは怖いのよ。気を付けないとだめだよ。」
聞かなければ良かった。怖くて独りで歩けない。彼女はまた、痴漢にあったり金製品を取られたりする事件がこの近辺で相次いでいるのだと教えてくれた。

「暗くなって帰るときは、この女子寮周辺に男の子がたむろしているから、怖くて。そんな時はピアスも指輪も、ネックレスも、光るものは全部取って、カバンにしまうの。集団で襲って来てむしり取られてしまうから。」

何が、閑静な住宅地なのだろう。

今まで散歩と称して歩き回っていた私は、この時からびくびくして歩くようになった。この話を聞いた今なら、死体が庭に置かれていた事も不思議に思わない。そのために門番をつけたことにも納得できる。半年たった今、ようやく、門限が七時だという理由がわかった。

その後、事件が二つ続いた。すぐ裏を走る線路沿いで、焼け焦げた男の子の死体が見つかり、数日後、その現場に隣り合った沼でも、殺された男の子の死体が発見された。 さらに、デリーかどこかで日本人旅行者が何者かに殺されたらしいという情報が入ってきた。


■ 次回は・・・さようなら、インド