21.バスの乗り方教えます


■□■混沌たる道路■□■

外に出れば、人と、車と、人力車と、犬と牛がごちゃ混ぜになっている。リンリンと音を鳴らしながら、大きな白い山羊がゆっくりと荷物を引いている。道に捨てられたゴミを、野良犬や野良牛があさっている。牛の背中にはカラスがとまり、尾の付け根にはハエがたかる。牛はゴミをあさりながら尾を振り、そのハエを追い払う。暑さで、道路がモヤモヤとして見える。人も動物も動きが遅く、犬も牛も、暑さでぐったりとしているように見える。

その中で唯一、乗り物だけが威勢良くクラクションを鳴らしながら走っている。プップーと鳴らしてみたりピロピロピロと鳴らし続けたり、こんなに好き放題に鳴らしていると、騒音と言うよりクラクションの音楽のようにも聞こえる。それにここではエアコンつきの車はまだ普及していないため、ほとんどの車の窓が開いている。窓が閉まっていれば、それはエアコンつきの車である。 「あっ、金持ちの車だ!」 私たちはエアコンつきの車を見るたびに、羨望のまなざしでその車を見つめる。

私が日常的に利用していた交通機関は、バスである。一ルピー(約三・五円)から三ルピー(約一〇・五円)あればチェンナイ市内には何処にでも行くことができた。しかしそれが、オートという三輪の小型のバイクタクシーになると、私たちは何十倍もの金額を支払わなければならなくなる。日本円に換算すれば現地の物価は安いだろう。簡単にタクシーをつかまえることもできる。しかし現地で生活をする、あるいは共同生活を営む私は、感覚さえもがインド人になっている。オートやタクシーは私にとって、とても高い乗り物だった。

■□■ラッシュは日本だけではありません■□■

そこで私は、庶民が利用するバスを活用することにした。朝と夕方は通勤・通学ラッシュで、日本のラッシュより耐えられないほどの混みようだ。乗りきらなかった人が入り口付近の手すりにぶら下がったまま、遠くからバスが走って来る。つまりドアはない。私は最初、同居人に「さあ、このバスに乗るんだよ」と言われた時に、そのバスを見てぞっとした。向こうから傾いたバスが走ってくるのだ。しかも人がぶら下がっている。きっとバスは、乗客であふれかえっているのだろう。 ラッシュで嫌だなあと思いながら、私たちはバスの番号を素早く読み取り、そのバスが目的地に向かうのもかどうかを判断する。バスは何処に止まるのかわからない。バスが行き過ぎることやかなり手前に止まることも多く、うっかりすると乗り過ごしてしまう。つまり私たちは、バスが見えた時から走る準備をするわけである。バスが手前に止まるのか、行き過ぎるのか。その位置を予測して、走って追いかける。

まず降りる人。前と後ろの昇降口から客が降りるとすぐに、息を切らしながら駆けつけた人が押し合いながら乗り込む。私は集まった人に巻き込まれながら、つぶされそうになってバスに乗り込む。早く乗らないと、バスがすぐに走り出してしまうからだ。

バスの中はぎゅうぎゅうだ。どんなに細い人でも、ふらついたりしない。しっかりと踏ん張っている。カーブやブレーキのたびによろよろする姿を、あまり見かけない。女性専用シートが空いていれば優先的に座る事ができるが、ラッシュの時間には期待する事はできない。緑色で錆びついたバスは勢い良く走り、そのままのスピードで曲がり、そして急に止まる。バスの中に乗りきらなかった人たちがドア付近にぶら下がっている。ドアといってもドアは付いていないため(窓ガラスもついておらず、その代わりに柵がついている)、「出入り口にぶら下がっている」と言うほうが正しいのかもしれない。その出入り口がバスの左側についているため、人がぶら下がるとバスが左側に傾いて走る。よく転倒しないものだと感心してしまう。

私は、ぶら下がっているのが男性だけだということに気がついた。

車掌が後ろの椅子に座り、「チケット、チケット」と言いながら、出発の合図である笛をピピッと吹いている。笛がない場合は親指と人差し指で輪を作り、それを口に当てて吹いている。その合図の前にバスが勝手に走り出すと、車掌はバスの車体をガンガン叩きながらピピピッと鳴らす。乗り遅れた人たちも、それに紛れてガンガンとバスを叩いている。

本来はバスの後ろから乗り、車掌から切符を購入し、前から降りていくらしい。しかしなかなかうまいシステムがあるもので、近くの乗客に自分の行き先を告げて料金を渡すと、まるで伝言ゲームのように行き先と料金が車掌のところにたどり着く。そして今度は車掌から、切符とお釣りがまわされてくる仕組みになっているようだった。
時々私にも他人の伝言ゲームがまわってくるようになった。とんとんと肩をたたかれ、料金が手に乗せられる。そしてわからないタミール語で、行き先がボソッと告げられるのだ。


「%&$&」

知らない場所だ。

「:#%$&*」

「えっ?」

「$+#&*%」

「なに?」

何度も聞き返すと、相手がいらいらしてくる。怒らせたくはないので、私は同じように次の人の肩をたたいて料金を渡しながら、聞いた通りの「音」を繰り返す。それでもうまくいくもので、しばらくすると今度は切符と釣り銭がまわってくる。

初めはバスに乗り慣れず、強い日差しの中でバスを待つだけでぐったりとしてしまい、バスから降りた時はへとへとで一日中元気がでなかった。また、バスに乗ることを考えただけで胃が痛くなった時期もあった。しかしこのようにバスに乗るコツを身につけると意外に簡単なことだという事がわかった。そしていつしか、どんなにバスが混んでいても何の苦労もなく乗り
降りすることが可能になった。

私は、女性が先にバスに乗りこむことを発見した。男性はその次だ。つまり入り口付近の乗客が一度降り、そのバス停で降りる人が全員降りたことを確認してから、まず女性が乗り込む。男性が乗り込むころにはバスが走り出してしまうのだが、彼らはバスの手すりにつかまりながら助走し、うまい具合にバスに乗り込む事ができる。バスにぶら下がっているのが男性ばかりだというのには、このような理由があったのだ。


■ 次回は・・・アイロンやさん