2007年3月

私の人生に大きな影響を与えてくださった先生が天に召されました。

大学2年生の時の、ゼミの先生。

社会福祉というと高齢者、障害(児)者、児童など縦割りで考えられがちですが、例えばN●K番組「ご近所の底力」のように、
地域の問題を地域で解決することも大切で、福祉課題も地域で解決できるようにする方法が模索されています。社会開発も、同じ。
例えば貧困地域に何かを建設するだけでは、地域の人が自分たちの力で地域の問題を解決する力はつきません。依存するかたちになってしまいます。

大学で学ぶうちに私は、社会福祉と社会開発は、一見、異なるように見えますが、地域の課題を住民が主体的に解決するという視点では同じではないかということに気が付き、福祉と開発を学ぼうと決めました。
福祉系大学で唯一、社会開発も学べる大学に入ったものの、経済学部の講義を受講することが多かった当時(十数年前)。
2年生のゼミで、唯一の国際福祉ゼミに所属。その時に出会った先生が、私に大きな影響を与えてくださいました。

人々の健康を人々が守るということを掲げた国際協力の財団で理事長を務めていた先生は、まだ20歳になったばかりの私たちに、いろいろなことを教えてくださいました。戦争中の話。開発と環境の話。人々と共に考える姿勢。ものが溢れる現代の社会構造・・・。

印象に残っていることは、定期試験のレポート課題に、学生一人一人の関心ごとに基づき、個別のレポート課題を課して下さったこと。
一人一人の関心ごとを深め、得意分野を伸ばそうとしてくださったのです。名簿に、一人一人の課題を記入したA4用紙が配布された時、一体いつの間に、私たちのことを深く知ったのだろうかと、ゼミ生誰もが驚きました。

先生は、決して答えを出すのではなく、私たちが考えることを大切にしていらっしゃいました。そして、思いがけない(現代の若者らしい)答えが出た時にも決して驚くことなく、何故そう考えたのか、学生との対話を繰り返し、問い続けていた姿が印象的でした。
また、先生とゼミ生で、先生が関わっていらしたインド農村に行った時のこと。豊かではない農村で生活をする住民にも、NGO職員にも、もちろん私たちにも、「先生」と呼ばれるのではなく愛称(ニックネーム)で呼ばれ、誰からも親しまれていた先生。

その理由は何か考え、出た答えは、決して威圧的にならず、同じ目線で「共に」考える姿勢にあるのではないかということでした。
住民から学ぶ。NGO職員から学ぶ。学生からも学ぶ。「お互いに学んでいる」という姿勢が伝わってきて、私たちは何でも相談し、一緒に考えたものです。先生は「私は、こうして、経験を語り、問題提起をして、種をまいているんだ」と仰っていました。

私は、先生が蒔いた種から、芽を出すことができたでしょうか。

福祉と開発の共通点を探るということが珍しがられた当時。先生は、いつか開発でも福祉が注目される日が来るのだからと、進級しゼミが変わっても卒業してもご指導くださり、大学卒業後一年間、現地で生活をしながらNGOや住民の活動を学ぶよう、助言してくださいました。

福祉系の仕事に就き、それでも開発を諦められない私に、時々投稿するエッセイや論文を指導してくださった先生。
昨年春、闘病生活で余命もそう長くないというお知らせをいただきました。これまで先生に頼っていた私は、ショックで、言葉を失いました。私より先に天に召されるなど考えたこともなかったのです。

その時、私が本当にやりたいことは何か、気が付きました。
一度諦めていた、福祉と開発。
もう一度、挑戦したい。
先生の意志を継ぎたい。

10年かかりましたが、ようやく、悔いなく進むべき道がわかりました。

先生に出会わなければ、その後転職をした教育現場で、学生主体の教育を実践できなかったかもしれません。人々の力が伸びることにも、気が付かなかったかもしれません。そして、一人一人が社会をも動かせるほどのパワーを持つことを信じ、共に活動する姿勢を身につけられなかったかもしれません。
何よりも、インドに行くこともなく、卒業後現地に滞在することもなく、福祉と開発を研究できるチャンスを手に入れることもなかったと思います。

先生と共に滞在したインドの経験を深め、博士論文を仕上げた日には、真っ先に先生に読んでいただきたいと、これから始まる新しい生活を心待ちにしていただけに、訃報は衝撃的でした。合格のお知らせさえ、間に合いませんでした。

不思議なことに、先生が天に召されたその日、私は急に先生のことを思い出し、一日中気にしていました。
いつもメールか手紙のやり取りなのに、珍しくその時に限って、お電話をしようか、どうしようか、迷って、そして、止めたのです。

そして、当時共に学んだ仲間も、その日の朝、通勤電車で急に先生を思い出していたり、先生は今頃インドに行っているのかと考えていたという人が何名かいました。きっと先生は、私たちのところにいらしてくださったのではないかと思います。
先生と共にとインド滞在した仲間とは、十年経っても強い絆で結ばれています。先生に出会わなければ誰からも教えてもらえなかったことが一人一人の胸に刻まれていて、その教えは、私たち一人一人の人生に大きな影響を与えています。

数多くの教え子の一人として、先生の種から芽を出して、葉を出して、いつか花開く時を目指して、歩んでいきたいと決意しました。