18.結婚について話しましょう


■□■運命の人は何所にいるの?■□■

帰りのバスが同じで年齢も近い秘書のドゥルガとは、何でも話すことができた。今日は疲れたからウインドーショッピングをして帰ろうとか、たまにはアイスクリームを食べようとか、つまり仕事の後に遊んで帰るということをめったにしない人たちの中で、ドゥルガは珍しい存在でもあった。

そんなある日の夕方、今日はとても疲れたから、気分転換に少しぶらぶらして帰ろうということになった。夕方のマドラスは、昼の交通渋滞以上の騒がしさである。家路に帰る慌ただしさで、車もバイクも、人も牛も、何もかもがざわめいているように見える。もちろん、二人が横に並んで歩くのは不可能だ。

ドゥルガが切り出した。
「私、もうすぐ仕事を辞めることになったの。」
「え?」
急に何を言うのだろうと、びっくりした。そんな話は聞いていない。仲良しの彼女が去ってしまうことは、とても寂しいことだ。何か理由があるのだろうか。何処か、条件の良い仕事を探したのだろうか。

「結婚の準備なの。」
「結婚!おめでとう!ねえ、いつ結婚するの?相手はどんな人なの?」
「これから探すの。だから辞めるの。『準備』って言ったでしょう?」
「相手が決まっていないのに辞めるの?決まってから辞めてもいいじゃない?」

この国では文化やカースト、宗教上の理由もあり、日本人の私には理解できないことがいくつかあった。結婚もその一つだ。オフィスにいる若い女の子と話をしてわかったことは、恋愛をしようものなら「大事件」になるということだった。両親に反対されて駆け落ちしてしまうこともあるという。これが農村ともなると、両親に殺されてしまうケースもあるというので驚く。そのくらい、恋愛は恥ずかしくてみだらな行動のようだった。

結婚は、両親が決めるもの。
そして 、神様が決めるもの。

チェンナイには、先進国の情報が次々と入り込んでいる。サリーを着る人が圧倒的に多いこの町でも、大変裕福な家の娘はジーンズやTシャツを着はじめている。インドでは女性が肌を露出することは好ましいことではなく、ジーンズでさえも体の線が出るという理由で抵抗感を持つ。男と女が二人で外を歩くことも少ない。全くないとは言えないが、気をつけて見ていると、やはり裕福な家庭の人たちが喫茶店でお茶を飲んでいる光景に出会う。それでもまだ、恋愛結婚は非常に珍しいことなのだ。 「結婚は、両親と神が決めるの。だから私はヒンズーの神に一生懸命祈るのよ。」

ドゥルガは、私より一つしか違わない。そんな彼女は、結婚探しの条件は次の通りだと教えてくれた。
まず彼女と同じ宗教で、父の言葉と母の言葉の両方を理解することができる人。インドには数えきれないほどの言葉があり、その村ごとに少しずつ変化する。したがって、ヒンズー語、英語、マドラスの場合はタミール語、さらに両親それぞれの出身地の言葉。たいていの人は、最低でも五つの言葉を話すことができる。

条件は続く。

生まれた出身地が同じで、同じカーストであり、さらに出生時の星の位置まで考慮される。カーストも、数え切れないほどに細かく分けられているという。よくわからないが、私が一年間滞在した中で、彼女と同じカーストの人に出合ったのはたった一人しかいなかった。だから、結婚相手を見つけるということはとても大変なことだというのがよくわかる。

あまりピンと来ない私は、どのようにして選ぶのかと質問をした。

まず日本でいう結婚紹介所に自分の外見や年齢・学歴・出身地・宗教などのプロフィールと、生まれたときの星の位置つまりホロスコープ、そして相手に望む希望の条件を提出しする。忘れてはならないのは、自分は(時には両親も含めて)どこの出身地でそのカーストに位置し、何語を話すことが出来るかという点である。会費を払い、データが合う人が見つかれば、相手が両親と共に訪問してくるという。その人たちが突然やって来るため、いつでも対応できるように彼女は仕事を辞めるのだった。

もしその場で結婚が決まっても、結婚するまでに二人きりで外出することはまずないと彼女は言った。二人で会うことさえも、良くないのである。

「それで、相手のことがわかるの?」

「そう、それが問題なの。結婚した後で、お互いの事を知るの。もし暴力を振るう人だったら、困るわ。だから毎日、『良い人が見つかりますように』って、神に祈るの。」

結婚した夫が暴力を振るう。家族にいびられる。
それが原因で自殺をする人が多いのは、農村でも都市でも同じだ。 私は、日本で読んだ本の内容を信じることができずにいた。
しかしここでは、確かに、新聞記事に載っているのをよく見かける。亡くなった嫁の家族が相手の家族を訴えているのだ。彼女の心配ごとも、そこにあった。どのような結婚相手が見つかるのだろう。


■ 次回は・・・結婚式について