13.私たちの失敗・・・調査をめぐって


■□■どうぞよろしく■□■

九月、私はポールー(POLUR)という地域に移動した。チェンナイからバスを乗り継ぎ、五時間以上かけてその地域に向かう。周り一面は畑で、そんな中に突然、家が立ち並ぶ区域が出てくる。新興住宅地ともいえるその地区に一軒の家を借り、NGO活動の拠点事務所にしようというのである。

私たちがやって来たその日に毎日の給水時間を教えてくれる人がおり、ミルク売りは何時ごろ来るのか教えてくれる人もいた。隣の家に電話がついたから、チェンナイから連絡をつけたい場合にはその家にかければ私たちにつないでくれると言った(つなぐと言っても、となりの家の窓から私たちを大声で呼び、私たちが急いで駆けつけるのだが)。

この地域では、水道から水が出るのは一日一時間だった。曜日によって給水時間は七時だったリ十一時だったり、夕方二時だったり、夕方四時だったりする。そのため次回の給水時間を考えながら水を使わなければ、あっという間に水が足りなくなる。例えば昼二時に出て次回は翌朝七時に出るという日には何不自由無く使えるが、朝七時に出て翌日が夕方四時だという場合、時には料理用の水さえなくなってしまう。

また困ったことに、暑さのためだろうか。水が二、三日で腐ってしまうのだった。例えば二泊三日で村に滞在して帰って来ると、出発前に溜めた水が臭くて仕方がない。それは外にあるコンクリートの水槽でも、室内にあるポリバケツでも、飲料水用のタンクでも同じだった。汲んでおいた水が全て腐ってしまう。そして水槽の底には砂やゴミが沈んでおり、緑色の苔のようなものも生えている。

■□■きっと無理だよ■□■

さて、私がこの地域に来た理由は、干ばつ問題が深刻な村の状況を把握することと、職員がおこなう調査の手伝いをすることだった。私にとって、この地域は初めての地域だ。初めてという事は、普段よりも気を張らなくてはならない。つまり村の人とゼロからの信頼関係を築かなくてはならなかった。それに加えて、私には一つの不安があった。それは調査をおこなうということだ。これは非常に危険な行為だと、私は考えている。私だけでなく、地域開発を学んできた人なら常識的に知っている事柄である。まだ信頼関係もできていないのに調査をおこなうことは、そこに何かしらの問題が発生する。それは簡単に予測することができた。

しかしこの調査には、ある出来事が絡んでいた。私たちがその村に滞在することを知ったNGO経営者が、論文に書くから調査をして欲しいと言い出したのである。私たちは反対した。うまくいかないことを知っていたからである。しかし、その言い分は通らなかった。
「調査なんて、できるわけがないよ。」
これが、全員一致の意見だった。

私たちは翌日、調査項目を渡された。名前、年齢、性別、学歴、予防接種の有無、避妊手術の有無、財産、家畜の種類と数、というように項目は続く。この調査を五つの村で実施するのだという。しかも家族全員に対して調査をおこない、一世帯につき紙一枚に記入するという条件付きである。村は多い所で百世帯以上の規模もある。考えただけで、それは無理だとわかる事柄だった。

私は普段から、大学の講義でさえも、調査をおこなう際には十分な信頼関係を築いてからだと言われていた。それはNGOスタッフにとっても当然のことである。しかしそれを無視するかたちで、私たちは調査を始めようとしているのだ。信頼関係が大事だと、誰もが口をすっぱくして言うには理由があるのだ。残念ながら、この点に関しては同行者と意見が合わなかった。よりによって、いつも仲良くしていたマリアである。その彼女も最初のうちは、この調査はきっとうまくいかないわと言っていたのに、上司の説明を受けた後は首をふらふらと左右に振りながら(わかりました、の意味)「イエス、イエス」と言うだけになってしまった。「止めようよ」と言う私と、「やらなければ」と言うマリア。

これはどう考えてもおかしいし理解できないと感じたことは、調査は良くないと普段から言っていた上司が何故、しかも初めて行く土地で調査をするように言い出したのかということであった。もう一つわからないのは同じように、調査をするのに慎重になっていたマリアが、突然「上司の命令だから」と態度を変えたことであった。これには周りの人たちもびっくりしていた。私たちは普段から仲が良かっただけに、気まずくなってしまった。しかしマリアがやると言うのだから仕方がない。私もできる範囲で手伝うことにした。

■□■だから言ったじゃない!■□■

初めの村に訪れた。調査をしたいと申し出ると、村のリーダーがこう言った。
「もし、この村に誰かが来て調査をするなら、村の人たちはそれを嫌うはずだ。彼らは私に対して、『このリーダーは外部から金をもらい、村を見せ、村を変えようとしている』と思うだろう」。

私たちは、金を支払うことはしない。彼の言葉から、どうやらこの村ではリーダーと住民との溝が深いように感じられたが、私たちはそれを深く追求することをしなかった。

私たちが村を歩き始めると、人が集まってきた。いつものことだ。何処から来たのか、名前は何かと質問されながら、村の人に案内されるままに歩き始めたその時である。突然、マリアがノートと鉛筆を取り出した。私は人々の目がさっと変わるのを見逃さなかった。私自身、驚いた。村のリーダーも、困惑した顔をしている。
「名前は?年齢は?家族構成は?牛は何頭?鶏は?」
マリアは、人々の顔を見ていない。ノートに書き込みながら質問をしている。
「はい、次。あなたの名前は?年齢は?」
正確な年齢などわからない。ある人の年齢を聞くと、その人が周りに相談をしながら、みんなでわいわい話し合って年齢を言う。数え方がわからないのだ。だから調査といってもその答えは正確という保障はない。

早くしなければ終わらないとあせっているマリアは、苛立たしい様子でその答えをせかしている。
「ああ、もうだめだ!この村を壊す時がやってきたんだ!」
リーダーが言った。

■□■後悔、すでに遅し■□■

周囲は重い空気に包まれていた。
私は、マリアに対して苛立ちを感じていた。
彼女自身、こうなることを知らないはずがなかった。限られた時間の中で調査しなければならない彼女。それに対し、できないのならそのように報告すれば良いことで村の組織を壊してまで調査をする必要はないとする私の考えが、再び衝突したのである。

「もう止めようよ。見て、気が付かないの?」
私は、自分の感情を押さえることができなかった。マリアはやっと顔を上げ、すぐにびっくりした顔になった。どうやらこの事態を察したようである。しかし手遅れだった。マリアが気付くのと同時に、村の人からの反発が始まった。残念がならそれは私たちに対してではなく、リーダーに対するものだった。

「一体、これは何だ。」
「何故こんなことをしているの。」
「そういえば、以前にもこんなことがあった。」
「そうそう、知らない人たちが突然やってきて、私たちに質問した。」
「いつもそうよ。でも、その結果を報告しに来た例は全くない。」
「その結果を何に使うのか、私たちは知らないのよ。」
「あなたたちには良いかもしれない。でも私たちには良いことなんてない。」
「また、金をもらっているのでしょう?」

彼らは見世物ではない。しかし私たちは、少なくとも私は、こうなることを予期しつつも絶対にしてはならないことをしてしまった。もう、どうしようもない。いまさら弁解のしようもなかった。

「調査をするには十分に配慮しましょう。ノートは持たないこと。まず、村の人と仲良くなりましょう。」

当たり前ではないか。
見知らぬ土地に行き、すぐに調査を開始することは不可能なことくらい良くわかっている。こんなことするはずがない。するものかと、肝に命じていたのに。
それだけではない。村の人たちの反発が、彼らのまとめ役である人物に向けられたのである。長い時間をかけて村を組織したその地域で、リーダーの信用が失われようとしている。それも、私たち外部からの行動によって。

一度壊れた信頼関係を元に戻すことは、非常に困難である。このように生活の基盤であり、近隣の付き合いが非常に強い村では、信頼関係を築き上げた時間の倍以上を費やさなければその信用は戻らないだろう。もしかしたらそれは不可能かもしれない。村の組織には、一度団結すればとても大きな力を発揮する代わりに、裏切りや一人よがりの外れた行動をするとたちまち村八分になるという恐ろしい面もある。

私たちは何も言えず、ただ立ち尽くしていた。私たちのせいで非難されているリーダーが、「大丈夫だから。」と声をかけてくれた。大丈夫なはずがないのに。彼らの非難の全てが私に向けられれば良いのにと思った。私は、この調査に何の関わりもない人物を巻き込んでしまったことがショックだった。

■□■私には、何もありません■□■

この時から私は、彼女の調査の手伝いを止めた。彼女はこの出来事を、それほど気にしていない様子だった。しかし私は、もうこりごりだった。してはならないとされている事は絶対にしてはならないのだということを、嫌というほど感じた。

「で、あなたたちは何をしてくれるのですか?」

ひととおり村を歩いた後の、村長からの質問だ。
どこへ行っても、最後はこの質問になってしまう。私は日本人で、運が悪い事にマリアもキリスト教の修道女。しかもケララ州の出身である。ケララ州はインド南西部に位置し、緑が豊かで町は清潔、識字率も教育水準も、インドで最高だという特別な地域だ。顔つきも、何となく異なる。ケララ地域に住む人たちは誇りを持っており、インドの人たちが憧れる地域でもあるのだ。

そのためだろうか。人々の期待は高まる一方である。この村にはいくつもの団体が入り込み、調査をし、何かを与えてきたようだ。その繰り返しが、「今度は何をしてくれるの?」 という質問に結びつくようだった。このような時に私は、自分は主に農村に滞在していること、その目的は何かを与えるためでなく、村の人から地域活動を学ぶこと、費用にゆとりがあるのではないことなどを話した。私は日本人であるけれど金持ちではないし、もともと何かを「与える」ために滞在しているのではない。

「ふーん。そうか。そういえば、今まで来た外国人とは違うような気がするな。いい服も来ていないし、化粧もしていない。黄色の髪の人たちは顔が白かったし(厚化粧をしていたのだろう)、何か、匂いがしたよ(香水をつけていたのだろう)。見て、あなた、指輪もしていないの?あなたは金属製品を持っていないの?やだ、時計もしていないよ。ほらほら、みんな、見てごらんよ。」

たいてい何処の村に行っても、子供たちが「可哀想な」私のために赤や黄色の花を摘んで来て、髪の毛に挿してくれる。それを満足そうに見ている人々。やっと、仲良くなれた。

村の女性は朝早く起きて水を汲みに行き、家族を起こして紅茶を飲ませ、朝食の準備をし、すぐに仕事に行く。帰ってくれば休む暇もなく夕食の準備だ。したがって、調査をするなら早朝・深夜のどちらかということになる。朝暗いうちに起床して出掛けるか、真っ暗な道を懐中電灯で照らしながら出掛けるか、そのどちらかだった。

最初の出来事で懲りた私は、彼女については行くものの、ノートも鉛筆も出すことをしなかった。集まってくる村の人と話をすることで、その村の状況も見えてくる。いくら上司の指示だからといっても、村の組織を壊すような事や村の人々の迷惑になるような調査など二度としたくはなかった。一方、調査をしているマリアには私のように村の人たちと会話をしている時間はない。あれほどの騒ぎがあったのに、懲りていないようだった。彼女には上司が絶対的だった。

ある日、炎天下の中で調査をしていた彼女は気分が悪くなり、初めて、彼女は言った。 「もう調査はしないわ。」


■ 次回は・・・座ってみよう