12.地主との対立


■□■バス■□■

その村は、何となく殺風景だった。家の屋根も低く、室内では腰をかがめていないと頭を天井にぶつけてしまうぐらいの高さしかない。村はとても静かでひっそりとしていた。夕方四時以降は子供が元気に遊び、女性はチャイを作るか、そろそろ夕食の準備に取り掛かるっているはずなのに、活気がなかった。だから、この村の人々は静かに暮らしているような印象を受けた。

この村の人々が使うバス停には、一日に二回、朝と夕方にしかバスが来なかった。運転手が彼らの村をわざと避けて通っていたのである。彼らは役場に行きバスをもっと止めてほしいと要請したが、あっさりと却下されたということを聞いた。そんなある日、住民は道に大きな石を積み上げて壁を作り、そこに座り込んだ。もちろんバスは通れない。クラクションを鳴らされても、彼らは動こうとはしなかった。怒り狂った運転手がバスから降りてくる。住民がこの時とばかりに彼を取り巻き、バスを止めるように要請。全住民の勢いに負けた運転手は、その村のバス停に停車することを約束したということだった。

力づくともいえる方法で彼らは勝利を勝ち取ったのであるが、本当にこの方法で良かったのだろうか。しかし、そうしなければならなかった状況を考えると、それは仕方がないやり方だったようにも思えた。

このような出来事があった村だった。

夕方になると、この村では子供たちを集めて勉強会をする。先生は十七歳の、かわいらしい女の子だ。体は小さく痩せており、着ている物も穴があき、色あせて決してきれいとはいえないが、彼女の目は小鹿のように黒くきらきらと輝いていた。パワーあふれる笑顔というのは、彼女のことをいうのだろう。その笑顔が、貧しさも周囲からの抑圧も跳ね飛ばしてやるという力強さに見えてくる。彼女の笑顔を見るたびに、私はほっとした気持ちになる。問題が多い村にいると、どうしようもなく途方に暮れた気持ちになる。しかし彼女の笑顔は、そんなことを跳ね除ける力を持っている。きっと、村の人たちも同じように元気になるのだろう。十七歳という年齢は、村の夜間学校の先生の中でも一番若い年齢だった。 そんな彼女の村に来た。 出席をとり、歌を歌い、英語で数を数える。授業はいつものとおり順調に進められているようだった。その時、後ろで騒ぎ声がした。クラスは道にゴザを敷いただけの簡単なものなので、振り向けば何が起きたのかすぐにわかる。

若い男の子たちだった。
野球ボールを手にしていたり、バットを持って走っている。
その人数は次第に増えていき、興奮した様子の彼らは、やがて何やら叫び始めた。みんな、何処かに走っていく。

喧嘩だろうか。

外から、何者かが攻撃しに来たのだろうか。それとも地主だろうか。私たちは非難したほうが良いのではないかと思うくらいの騒ぎになった。

それにしても不思議なのは、周りの人たちが止めに入らないことと、逃げる様子もないことである。この騒ぎは日常的なものなのかと疑問に感じた。騒ぎがようやく落ち着いたころ、村の人にこれはどういう事なのかと聞いてみた。

この村は、新しい地区と古い地区の二つが合併してできた村である。しかし互いに行き来する道がない。それなら皆で協力し、道を造ろうということに決まったのである。しかしその土地は、この村で唯一のハイ・カーストの土地だった。彼らは少し土地を分けてくれるように頼みに行ったのであるが、答えは「ノー」。村の人たちは交渉がうまくいかないことを知ると、勝手に道を造り始めてしまった。怒り狂ったハイ・カーストはこの事例を裁判所に持ち込み、道を造る作業はそのままストップされてしまった。

これがきっかけになり、百軒近くの村の人々と、たった一軒のハイ・カーストとの闘いが始まったというのだ。私が目撃したのは、その騒ぎだったようである。結成されたばかりの若者向けのサンガムの会員たちが、ハイ・カーストの留守を狙って家のガラスを割り、侵入し、中を荒らしてきたのだった。女性たちもそれを知っていたのだろうか。だから、ただ黙って見ていたのだろうか。

しかしサンガムとは、そのような暴力活動をする集団ではない。彼らは地主と話し合いをする機会をつくらないのか、または考えられないのだろうか。

こんなことを考える私は、外部者だからかもしれないとふと考えた。もしかしたら地主と話し合いなどしていられないほど、切羽詰った状況なのかもしれない。そういえば、地主は裁判所に訴えると宣言したと聞いた。裁判所での手続きを知らない住民は、このような手段で地主に立ち向かうしかなかったのかもしれない。ただ私には、力づくで「バス事件」を解決した時と同じ方法で、この件が解決できるとは思えない。きっとこの後も、彼らの対立はますます深まるだろう。


■ 次回は・・・私たちの失敗(調査をめぐって)