11.部族の村で起きた出来事 その2


■□■人がいない!■□■

私たちが村に到着したのは、すでに日が暮れた後だった。村に唯一ある電球が、弱い光を放っている。突然、ふっと電気が切れ、辺り一面は真っ暗闇になった。 停電だ。

「ちょっと、家をのぞいて来るよ。今日こそは集まらないと。一件一件、顔を出してくるよ。暗いから一人で行ってくる。君はそこにいて。じゃあね。」 その数分後、ラジュは首をかしげて両手を広げ、「わからない」のポーズをしながら戻ってきた。
「どうしたのだろう?どうして人がいない?人がいないんだ!」
この村にはいつも人がいない。ここに来る前、意外な場所から急に人が飛び出してきた。そして、着いた途端に停電が起きた。挙句の果てに人は集まらない。偶然にしては奇妙すぎる。些細な出来事が、次から次へと浮かんでくる。一体この村は何だろう、何かが取り付いているのではないだろうかと感じずにはいられなかった。

「こんなはずはない。もう一度、見てくるよ。」 再び出かけていったラジュが早足で戻ってきた。
「大変だ!隣の村に、妊婦がいるそうだ。村の産婆では手におえない難産らしい。もうすぐ陣痛が始まる。一刻も早く街の病院に連れて行かないと、母子共に死んでしまうんだ。でも、ここには車がない。村の人は総出で、ジープかトラクターを呼びに行っている。覚えている?あの時……途中で、急に人が飛び出してきた……これだったんだ!」
その瞬間、あの場面が鮮明によみがえった。

私たちは出発が遅れ、日が暮れる前に到着しなくてはならないと焦っていた。バイクは、私が振り落とされそうなほどのスピードで走っていた。そこに、人が飛び出してきたのだ。町からこの村までの道のりがどんなに遠く大変であるかということくらい、私でも知っている。すでに辺りは真っ暗だ。こんな時間にトラックが来るわけがない。たとえ来たとしても、往復四時間はかかるだろう。ましてこの時間帯だ。それ以上の時間を必要とするだろう。この村には電話がない。

言葉が出てこなかった。

ただ、あの場面だけが、頭の中をぐるぐると回っていた。もし、あの時に私たちが止まっていたら、どうなっていただろう。あの時間ならまだ薄暗かったし、なんとか町まで引き返すことができたかもしれない。電話がある村まで行って、医者に連絡することも可能だった。それなのに、私たちは止まらなかった。

呆然としている私の横で、彼は言った。
「カナ、これが現状だ。覚えているかい。初めてこの村に来たとき、人がいなかった。情報伝達がうまくいかなかった。そして、今日だ。ここは特に貧しい地域だ。病院もない、電話もない、電気もない。ジープもない。もし君が来客だったら、こんな所には連れてこないよ。住民組織が出来あがっている所に連れて行く。でも、君は勉強している。それに客ではない。友人だ。だからありのままの現状を見て欲しいんだ。これが僕たちの活動現場だよ。いいかい、この状況で、人々は生活をしている。そしていつ、何が起こるかわからない。一つの村で話し合いの場を持つということは、こんなに大変なことなんだ。」

何人かの村人が、私を囲んで話をしている。
「何を話しているの?」
この質問がいけなかった。聞かなければ良かった。

「いつもは、停電なんてしないんだ。」
「そうそう、めったにしない。」
「したとしても、すぐにつくんだ。」
「なのに、今日はついたり消えたり、もうこれで何回目だ?」
「そうそう、真っ暗になっても、いつもは月の明かりで明るいんだ。でも、君が来てからすぐに月が隠れてしまったよ。」 「それに今、大変なことになっている。」
「君のせいだ。君が来たから、こんなことになったんだ。」
「君のせいで、いつもは起こらないことが起きてしまったんだ!」

えっ、どういうこと?
私のせい?

人々の、恐ろしいほどに冷たい視線が突き刺さる。私が来たから停電になり、月が隠れ、おまけに難産になったというのだろうか。そんなはずがない。しかし、違うと説明しても、信じてもらうことができない。このような地域では、信仰心が強いようだ。たしか私が農村で赤痢になった時にも、私に悪霊が取りついたと言って御払いをしてくれた人がいた。その時は、私が、悪霊に取りつかれた。しかし今回は、私が、悪霊そのものらしい。

どれくらい時間が経ったのかわからない。ほとんど見世物状態になっている私は、それが例え短い時間であったとしても、長い時間のように感じられた。

出掛けていた彼が帰ってきた。トラクターの運転手を見つけ話をしたところ、ライトが故障してつかないため、夜道の運転は出来ないと断られたと伝えた。

いつしか、出産が始まっていた。私は、うまくいくことを祈ることしかできなかった。母子共に元気であって欲しいと心から祈る気持ちと、もし万が一のことが起きたら、それも私のせいになってしまうだろうと考えると、恐ろしくて仕方がなかった。彼らに襲われて殺されてしまうかもしれない。そこには、そんな雰囲気が漂っていた。長い長い一時間だった。出産は、医者無しで成功したという知らせが届いた。村全体にほっとした空気が流れ、駆けつけていた人々も戻ってきた。良かった。やっと話し合いができる。

ようやく、記念すべき第一回目の会合が開かれた。しかし彼の第一声は、予期しないものだった。

■□■みんなの責任■□■

「前回、情報がうまく行き届かずに今日になった。二十世帯全てから、男も女も集まるように連絡したはすだ。しかしどういうことか、十三世帯にしか連絡しなかったと聞きました。何故、その様なことをしたのですか?」

つい先ほどまで賑やかに話していた人たちが、しんと静まり返った。この村の七世帯は、貧しい村の中でもさらに貧しい人たちだった。外から見ると、村の人はみな同じように感じられる。しかし一つの村の中で、さらに細かく分かれているカーストや経済的理由により、同じカーストに見えても村の中で差別されることがあるのだ。

「聞いてほしい。NGOがおこなうことは、村全体が一つになり、問題解決をすることが出来るように援助することです。実際に活動するのは、私たちではありません。私たちは、横から支えることしかできません。なのに、この状況は何なのでしょう。みんなで団結することができるはずがありません。この数日間、何が起きたかよく考えてください。情報がないために、診療所がないために、街灯がないために、何が起きましたか?今こそ全員で協力し合わなければならない時に、仲間を排除するのですか?この村を虐げている社会と同じではないですか!」

彼は少し興奮気味に見える。数学の教員免許をもっているラジュは、どちらかというと声を低くして教えるように話す。こんな姿を見るのは初めてだ。静まり返った村に、彼の声だけが大きく響いた。彼の説明によると、会合に参加できたとしても見えない上下関係によって実際には端に座ることで精一杯だったり、意見を述べることができない人が多いという。特に初期の場合が多いので、この村でもきっとそうだろうからとラジュは予測し、観察していたのだ。彼は全体をゆっくりと見まわしながら、一人一人に注意を払いながら話をした。住民の誰もが、自由に意見交換をする権利を持つのである。

しばらく彼の話が続いた。そしていよいよ、村の代表者と、男性と女性それぞれの代表者を選出することになった。 条件がある。信頼のおける人物。代表者同士の話し合いに参加できる人。面倒見の良い人。常に村の状況を把握することができる人。情報を正確に、全員に伝えることができる人。 「あなたがいい。」 「私は、だめ、だめ。あの人は?」 「えっ、無理、無理。」 しばらくの間、にぎやかになった。その中に、村の人全員に推薦されたにもかかわらず、ある人に反対された人物がいた。反対者は、同席していた夫であった。駄目だと言い張る彼に住民は、彼女しかいないと説得した。

こうして選ばれた彼女は、大きな拍手で迎えられることになる。

「今、私は代表に選出されました。みなさんが、私を選んだのです。だから、私が何かを話すときには、きちんと話を聞いてください。私が何か協力してもらいたい時には、協力してください。それが、私を選んだみなさんの責任です。」

拍手と歓声で、わっと盛り上がった。反対していた夫も、笑顔だった。


■ 次回は・・・地主との対立