10.部族の村で起きた出来事 その1


■□■列車の旅■□■

「爆発事故に気をつけて。」 この言葉が、見送りの言葉だった。

日本の新聞でも時々、インドの列車事故が記事になる。インドに来て初めてわかったことであるが、現実は「時々」ではなく、日常的に発生している事故だった。そのほとんどが、爆発事故だ。爆発は列車に限らずバスでも起こり、建物や停車中の車に仕掛けられることもあった。だから危険を避ける努力はするものの、避けきれるものではない。

三月のある晩、私はチェンナイ中央駅にいた。これから約二十時間かけて、インド北東部に位置するオリッサ州に行く。ちょうどそのころインドでは総選挙がおこなわれ、各地で爆破事件が相次いで起こっていた。いくつかの町で、そして農村でも爆破が相次ぎ、ほとんど二十四時間かけて一人で列車で移動するには、危険な状況でもあった。しかし、いつまでもそのようなことを言ってはいられない。列車が爆発したら、きっとそれは運命だ。爆発を怖がるなら、バスにも乗れない。街を歩く事もできない。もし、万が一のことが起きたら仕方がない。その時はその時だ。

到着後、活動地域の説明をされた。この周辺には部族が多く住んでいること。彼らはとても貧しく、干ばつと貧困問題が深刻であること。識字率が低いこと、一日一食の食事さえも取る事が出来ない村が多いこと。そして、マラリア地帯であること。

私はこの地域に無事に到着したものの、テロには気をつけなければならなかった。オリッサでは最近、NGO団体やスタッフを狙う事件が多発しているというのだ。私もスタッフも、気をつけて行動しなければならない。ここは小さな街だ。外国人の私が滞在している事は、あっという間に知れるだろう。テロ集団に狙われる危険性があるかもしれない。それは私一人に対してではなく、私を受け入れたNGOも狙われるかもしれない。

また、マラリア地域である事から、滞在中はマラリアの予防薬を服用しながら滞在することに決まった。

この地方の農村は、茶色の印象を私に与えた。雨季ではなく乾季であるためだろうか。南インドと明らかに違うのは、村はもちろんのこと、道沿いの広い畑にさえも緑が極端に少なく、遠くに見える丘の地肌がむき出しになっている点である。緑が多いのと少ないのとでは、前者の方が豊かに見える。土だらけの景色を眺めると、寂しい感じがして少し不安になってくる。

それは、この地域の問題点に明確に現れている。雨が降らない。干ばつである。そうかと思えば雨季には激しい雨が降り、木がないために土砂崩れや洪水が引き起こされる。そして伝染病が流行する。それによって引き起こされる貧困と栄養失調。

この地域では一年中、こうした悪循環に悩まされている。またこの地域には丘が多いことが特徴として挙げられる。私にとっては山だが、正確に言えば丘だ。一つの村にたどり着くには、いくつもの丘を越えなければならなかった。

■□■情報伝達手段の欠如■□■

滞在生活も何週間か過ぎたある日、これからプロジェクトを始める村に行くことになった。その村には、いくつもの丘を越えなければたどり着くことができなかった。そのNGOの活動地域の中で、一番遠い村だ。遠いということは、町からの情報が入ってこない、診療所もない、とにかく情報伝達手段というものがない地域だということである。

たったの二十世帯しか住んでいないその村は、照りつける太陽とは正反対に、ひっそりとして活気がなかった。暗くて寂しげな、そしてこの村は生きているのだろうかと思わずにいられなかった。職員のラジュが村の人を探し出してようやくわかったことは、村の人が地主のところに働きに出ているということだった。昨日、今日の昼には全員集合するようにという連絡があったはずだった。一人も残っていないとは、どういうことだろうか。

この村に来るには片道二時間ほどかかる。太陽が照りつける中をバイクで走るのは容易ではない。往復四時間が無駄になったわけである。これは大問題だ。

情報伝達手段の欠如。

私たちはそれが大きな問題であることを知っていた。しかしまさか、目の前で問題が起こるとは考えもしなかった。私たちはNGOスタッフ向けのトレーニングで「伝言ゲーム」をしたことがある。もちろん、最初と最後の伝言内容は変化していた。 「いいですか、情報は正確に伝わりません。情報手段がない地域では必ず、途中でメッセージが変化します。その事を念頭において活動すること。」 という話に納得したことがある。

私はその事を思い出していた。それは、張り切って私をここに連れて来たラジュも同じだったようで、頭を抱えていた。

NGOが始まって以来の失敗と、初めての村でおこなう会合の失敗。私たちは、はるばるやって来た道のりを引き返した。こんなにどんよりとした気持ちで帰るなんて、考えもしなかった。ラジュは私にこう言った。 「いいかい、よく覚えておくことだ。過去にこのような経験をしたことがある?きっと、ないと思うよ。でも、これが現実だよ。」

一週間後、私たちは再びその村に向かっていた。村の人が仕事を終えた夜、話し合いをすることになったのである。今度こそ、全員が集まるはずだった。

「今日こそは頑張って成功させよう!」 と気合を入れて出発したのは、日差しが弱くなりかけた夕方のことだ。私たちは、日が暮れて真っ暗になる前にその村に到着しなけれならない。確かに、私たちは急いでいた。

しかし出発が遅れてしまった。そのため早く早くと、慌しく出てきたのだ。夕方といえどもその日差しはまだ強く、いつものようにバイクのエンジンがヒートし、途中で休憩をしなければならなかった。この日の運転は、過去最高のスピードだった。 「あと一時間ほどで到着するよ。ぎりぎりで間に合いそうだ。もう少しだよ。」 とさらにスピードを上げて、しばらくたった頃の出来事だった。

まさかこんな所に人が居るはすがないという山道の茂みの中から、突然、数名の人が飛び出してきた。バイクが通ることがめったにないこの地域では、人が駆け寄って来たり嫌がらせのために通行妨害をされる事がある。場合によっては、NGO活動に対するテロもある。 「またか。急いでいるのに。」

いつもはわざわざバイクを止めて対応する彼は、時間がないということと、スピードを出し過ぎて止まる事が出来ないという理由で通り過ぎた。


■ 次回は・・・部族の村その2