6.村で活躍する女性


■□■シャンティのこと■□■

私が滞在した村のほとんどには、ソーシャルワーカーがいた。ソーシャルワーカーというのは住民から選出された村の代表者で、いくつかの村の代表者が集まるミーティングに出席して保健・衛生トレーニングを受け、そこで得た知識を村の男性や女性たちに教えることができる人のことである。薬草の使い方や字の読み書き、選挙の前には政治の学習会も開催する。また、地域住民をまとめて必要に応じてサンガムと呼ばれるグループを組織し、地域住民と社会資源との橋渡しの役目も担っている。

村のソーシャルワーカーは男女問わないが、女性の場合はそのほとんどが保健婦も兼ねていた。保健婦は、主に女性を対象とした活動をする。難産があると聞けばすぐに駆けつけ、子供が下痢をして大変な状況にあると聞けばその母親に適切な処置の方法を教える。医者の代わりに、簡単な処置をすることができるくらいの知識があるのである。診療所が村にないことと、あったとしてもハイ・カーストが優先という状況では、保健婦は心強い存在になるのだ。

さて、ここで言う「村」とはインド社会の中で最も虐げられている「指定カースト」と呼ばれる人たちで、主にハイ・カーストである地主に搾取されながら生活をしている人たちが暮らす村である。生活が豊かではないために学校に行くことができる子供は少ないが、たとえ行くことができたとしても学校に彼らの椅子と机がなかったり、学校に来るなといじめられたり、給食を配られないということがよくある。さらに家の手伝いをしなくてはならないため、学校を中退する子が少なくない。

私はある女性ワーカーに出会った。彼女の名はシャンティと言い、スペシャル・ソーシャルワーカーである。「スペシャル」がつくのだから、彼女は何か特別な存在に違いない。彼女はまた、保健婦も兼ねていると言った。

スペシャル・ソーシャルワーカーのシャンティは小柄ではあるががっしりとした体格で、頼れるお母さんといった感じである。過去の苦労からか、貫禄があるように見受けられる。背は低いががっしりとしている。目がくりっと大きく、いつも笑顔で白い歯がさわやかである。そしてココナッツ油をつけた長い髪の毛を、後ろで丸く束ねている。最近白髪が増えてきた。 彼女は保健活動に従事するばかりではなく、よその村で地主とのトラブルが発生した
と聞けばすぐに出かけ、夫から暴力を受けている女性がいると聞けばその村に駆けつける。そしてそれらを個人の問題として扱うのではなく、村全体の問題として共有する。彼女が受け持っているのは五つの村である。

実はシャンティ自身も、夫からの暴力を受けたことがあるという。毎日飲んだくれて仕事をしない夫。その夫に何か言おうものなら、殴られたり物を投げつけられる。燃えているランプが飛んできたこともあった。ランプは彼女が着ていたサリーに燃え移り、あやうく焼死しそうになったことがあるらしい。現在の物静かな彼からは想像することができず、力強い彼女の活動からは考えられない出来事だ。しかし現在も、そういうことが問題になっている村がたくさんあるのも事実である。一枚の長い布を体に巻きつけるサリーは、簡単に脱ぐことができない。 「サリーは時として大変危険な衣類です。自殺する時にも、ランプを投げつけられた時にも、一度火がつけばあっという間に燃え移り、焼け死んでしまいます。」

初めて彼女の家に滞在した時には私は来客で、部屋に敷かれたゴザにじっと座っているように言われた。私はその周りを近所の人に囲まれて、何やらがやがやと言われながら彼らの視線に耐えなければならなかった。食事の時にはもちろん、トイレにもぞろぞろと付いてきて、水浴びの時には物陰から見つめられるのだ。そして翌朝目が覚めると、すでに私は上からじっと覗き込まれていた。こんな状況だったため精神的に疲れてしまった記憶がある。

私はシャンティに、「今回はソーシャルワーカーの仕事を知りたいから、迷惑でなければ、何処に行くにも私のことを連れていってほしいのだけれど」と頼んだ。彼女は喜んですぐに了解してくれた。

■□■シャンティと私■□■

「カナ、今日は二泊三日の予定で村の女性たちと話し合いをするから、準備してね。そしてそのまま、次の村に泊まることにするから。あ、そうそう、もう一つの村にも行くんだった。だから四泊ね。」

私はいつでも、着替えを一組と石鹸とタオル、そして虫刺され用の薬と筆記用具をカバンに詰めて終わりだった。ここでは洗濯物を干してから三十分も経たないうちに乾くため、着替えが一組あれば十分だった。動きやすい服装と最小限の荷物は、村を歩きまわるのに適していた。 シャンティは五十歳を少し過ぎている。しかしながら、シャンティと行動を共にするのは容易ではなかった。午後四時でも日差しはまだまだ強く、心地良い風とは程遠い熱風が吹いてくる。夕方というのに、まだまだ暑い気温の中を太陽の日差しにじりじりと照りつけられながらバス停に向かって歩く。そしてたいてい二時間以上、バスが来るのを待つ。

ようやくバスが来ると、満員のバスの中に一時間以上も揺られることになる。乗り換えをして次のバスを一時間以上も待ち、再び一時間近くバスに乗り、一時間近く歩く。こうしてやっとたどり着いた時には、すでに暗くなっている。

「まだ着かないの?」
「まだまだ。もう疲れたの?私は何年も、こうして活動しているのよ。それにしても今日は暑いわ。大丈夫?休憩する?」
「大丈夫、心配しないで。」
「無理しているでしょう?あなたは私の娘だよって言ったでしょう?疲れたらそう言いなさい。」
いつもいつも、同じ会話が繰り返された。

ある時、私は喉の乾きに耐えられず、いつも言われているとおり「遠慮しないで」彼女に訴えた。私たちは店もなければ家もない道を、一番暑い昼時に歩いていたのだ。もっと早く帰るつもりで村を出発したにもかかわらず、バスが来なかったのである。
「あと三十分も歩けば、家があるから。そこで水をもらうといいわ。我慢できる?」

三十分も!


■ 次回は・・・シャンティの活動について