5.屋上で眠ろう!


■□■不眠症■□■

五月の暑さは想像以上だった。一年を通じて暑い南インドは、この時期が特に暑いようである。暑いとは聞いていたが、私は過去二回、七月と八月に滞在していたためにこの暑さを知らなかった。昼間は気温が五〇度近くなることもある。天井に大きな扇風機がついているものの、それは相変わらず弱々しく回るだけだ。冷房は、よほどの裕福な家か、少し値段が高めの高級スーパーマーケット、もしくは企業にしかついていない。 この暑さは室内にいても同じだった。窓を開けても、動かずにじっとしていても、気分が悪くなって目まいや吐き気をもよおすほどだ。現地の人たちもよほど急いでいないでいない限り夕方までは外出しない様子で、例えば仕事が早く終わっても四時半までは暑いから帰らないというのが普通だった。私は日本で、「インドで熱波、死者**人」というニュースを時々目にしていた。

しかし今、私はそのインドにいる。「ふーん。熱波か。熱波、ね。大変なのだろうなあ」 では済まされない。室内にいても暑くて気持ちが悪くなるなんて、生まれて初めてのことだ。他人ごとではない。暑さが日増しに強くなると、私だけでなく同居人たちも不眠症になった。昼間は誰もいないので部屋の換気ができないことと、上が屋上になっているので暑さが伝わり、私たちが住む二階は温室のような状態になってしまう。その熱さは一日中部屋にこもり、夜は屋上の方が涼しくなるのだ。 

■□■マラリアなんて怖くない■□■

ある日、「屋上で眠ると涼しいかもしれない」と同居人が提案した。毎晩暑さで眠れないため、皆ストレスがたまっていたようだ。屋上で眠るということは、もしかしたら泥棒が来るかもしれないし、そうなれば私たちは真っ先に殺されてしまうかもしれないという危険性をはらんでいる。大袈裟ではなく、本当に危険なのだ。しかし私たちは、これほどまでに心地良い環境で眠れるのならぜひそうしたい、熟睡したいという思いのほうが強かった。私たちは話し合った結果、いざとなればそれはそれで仕方がないという結論に達して外で眠る事になった。危険を避けるために、女性だけで眠らないこと。これだけが決まりごとだ。 私たちはうきうきして各自のござと枕を持ち、屋上に向かった。

しかし蚊がいるのが問題だった。マラリアが流行中で、しかもチェンナイで猛威を振るっているとのニュースが連日繰り返されている。同居人たちは村で保健指導もおこなうスタッフである。つまりマラリアにかからないために夕方になったらすぐに窓を閉める事や、近くの水源を常に清潔にしておくこと、蚊帳を張って眠る事などを指導している人たちだ。したがって、自分たちが外で寝てマラリアになれば見本が示せないという話になった。しかしどうしても屋上で眠りたい。私たちはどうしようかと話し合い、蚊取り線香を焚こうという結論に至った。特に理由はないが、インド製より日本製のほうが効き目があるという多数決で、私が持って来た蚊取り線香を焚くことになった。

ここまで話し合えば、あとは実行するのみである。私たちは、やっと熟睡できる喜びで一杯だった。試しに日本から持参してきた蚊取り線香を焚き、風向きを考慮しながらみんなの方に煙が行くよう位置を確認し足元に置いてみた。気休めかもしれないが、これでもう安心だ。それぞれが好きな方向にゴザを敷き、ルンルン気分で横になった。嬉しくて眠れないかもしれない。

熟睡したのは、本当に久しぶりだった。私たちは室内で眠るより快適に眠ることができた。ゴザから伝わる暑いくらいの温かさも安心して眠れる要因の一つだったのかもしれない。風の音を聞きながら眠るなんて、とても贅沢なような気がしてくる。そして、外の方がゆったりとした気分になれて熟睡できるということは、人間は自然と共に暮らすことも必要なのかなという気持ちになる。

朝はとても冷え込んだ。私には少し涼しい程度に感じられたが、同居人たちは五時半ごろになるといつも、寒い寒いと震えながら起き出した。彼らは私の名前も呼んで起こそうとするのだが、快適な眠りを妨げられたくない私は、決して起き上がることはしなかった。日本でいうと四月くらいの涼しさだろうか。私には、そのくらいの気温のほうが眠るのに適していた。
「カナ、寒いから家の中に戻るよ。」
と言う彼らは私を残して階下のホールに戻り、再び眠りについていた。

私が起きるのはその三十分後である。つい先ほどまでは少し寒いくらいの心地良さだったのが、今度は日の出直後から、朝陽が肌に突き刺さるくらいに暑くなる。顔や手がぴりぴりして、痛くて眠れない。それでも時折吹いてくる風が心地良いため、しばらくの間はシーツをかぶって我慢しながら眠る。そうすると今度は息苦しくなるため、すぐに耐えられなくなる。

私は仕方がなく、一足先に階下に戻った彼らのように自分のゴザとシーツと蚊取り線香を持って部屋に戻り、もう一眠りするのだった。


■ 次回は・・・村のソーシャル・ワーカー