3.村の一日 〜女性たち〜


■□■料理で始まり料理で終わる■□■

さて、今度は朝食の準備にとりかかる。食事の準備をしながら、家族にチャイを飲ませる。煮出した紅茶が濃く、そして牛乳の濃度も濃いのだろう。そこに砂糖がたっぷりと入っていても、そのこってりとした香り高いチャイは目覚めた体にやさしく染み渡っていく。朝食の準備を見ていると、大量にある小指の先ほどの小さな小さなピーナッツやにんにくの皮を時間をかけて丁寧に剥き、さらに小さな玉ねぎの皮を剥いて、良く切れない包丁で細かく刻んだりしている。見ている私の方が疲れてしまうほど、途方もない作業をしているのだ。

インドの野菜が普通の大きさで、日本の野菜が品種改良を重ねた結果なのかはわからない。しかしこちらの野菜はとにかく小さく、インドのじゃが芋三個分が日本のじゃが芋の一個分、インド料理に欠かすことのできないにんにくは頻繁に、そして大量に使うのにも関わらずその大きさがとても小さい。日本の大きなにんにくであれば、これらの半分の量で足りるだろうし、比較的楽に皮を剥くこともできるだろう。

このように時間をかけて調理した朝食は、八時半から九時近くになってようやくできあがる。いくらチャイを飲んだとはいえ、早起きをしている私たちは空腹だ。我慢が出来ない私は、調理を手伝いながら味見を繰り返す。いよいよ食事だ。まず男性が、次に女性が。女性の分がなくなるということはまずないが、ご飯の上にかけるスープ(サンバ)の量が少なくなることや、一人あたりのおかずの量が減ることもある。

さて、食事を終えると男性は仕事に行く時間だ。私がお世話になっていた家の長女は小学校の教師をしているため、この時に一緒に出ていく。見送るのはお母さんと、次女と、私の三人だ。そしてすぐに 「さあ!」 と気合を入れて、床を掃く。食事の前にも簡単に掃いているのに、食後にも掃く。頻繁に、そして素早く掃除をしなければ、床にこぼれた食物にハエがたかってしまうのである。食事をしている最中にもハエがたかるが、いつまでも掃除しないでいるとその数がどんどん増えていく。

ここまで終わると、ようやく一息つくことができる。再び床にゴザを敷き、ごろんと横になってラジオを聴いたりやテレビを見るか、おしゃべりをするか、ただ何もせずにそのままでいるか。そのどれかをして休息する。

■□■洗濯をしよう!■□■

しかししばらく時間が経つと、むくっと起きあがり洗濯の準備を始める。家の庭には朝汲んできた水を溜めておく大きな壷があり、洗濯用の大きな石がある場合はそこで洗濯をする。しかし井戸の近くに行かなければ洗濯をすることができない場合には、たらいに洗濯物と石鹸を入れてそこまで出かける。


私が滞在していた家では、庭で洗濯をすることも可能だった。しかし歩いて三分ほどの場所に田んぼに水を供給する電動ポンプの水源地があったため、五歳年下の次女、ミーナと一緒にそこまで行って洗濯をした。
洗濯物と、大きなたらいと、気持ちが悪いくらいに真っ青な洗濯石鹸を持ち、何故か着替えも持って出発だ。太陽がじりじりと照りつけるあぜ道を、一列になって歩いて行く。じりじりと照りつける太陽と青い空、白い雲、緑の木々、そして私たち。これはきっと絵になる光景だろうなと考えながら歩いていく。かすかに吹いてくる風は、熱風だ。


到着した場所には小さな小屋があり、重たいスイッチを入れると大きな音と共に電動ポンプが動き出し、水が汲み上げられる。そしてコンクリートで囲まれた、日本でいうと風呂の湯船のような場所に水が溜まり、そこから溢れ出た水がコンクリートでできた水路を通って外に流れ出てくる。その近くには大きくて平たい石があり、洗濯物をこすりつけたり叩きつけたりして洗濯できるようになっている。

私たちは真っ青な石鹸を洗濯物にこすりつけ、それを丸めてパンパン、パンパン、とリズミカルに石に叩きつける。石を洗濯板の代わりにして衣類をこすりつけることもあれば、石の上に服を広げ、洗濯ブラシでゴシゴシとこすることもある。後はよくすすぐだけ。

さて、そうしているうちに家のお母さんは昼食の準備を始めている。朝と同じように、大量にある小さな小さなピーナッツの皮やにんにくの皮を丁寧に剥き、小さな玉ねぎの皮を剥いて良く切れない包丁で刻むという作業を繰り返している。時には近隣の女性が集まってお喋りをしながらのんびりと支度をする。

■□■まな板■□■

この家にはしゃれたまな板がある。大学ノートくらいの大きさであるが、板の裏側の両端に細長く短い足がついている。それがとても面白いと感じたことは、野菜を刻む時には文字通りまな板になるのだが、かまどで火を焚き、野菜を炒めるなどして調理をする段階になると、お母さんはそのまな板の上にちょこんと腰を下ろして椅子として使ってしまうことだった。調理の途中で野菜が足りなくなるとその椅子を取り外し、再びまな板として使うのだ。私はこのような使い方を他の家では見たことがないが、例えば外出先の家で彼女が調理の手伝いをしている時にも、よその家のまな板にちょこんと座ってしまうのは彼女だけだった。

ぐつぐつと煮る段階になると、今度はその鍋の様子を見ながらチャイの準備にとりかかる。午前中のティータイムだ。少しゆっくりと休み、ようやく炊けたご飯が冷めたころには(スプーンやフォークを使わず手で食べるため、ご飯が熱いと触ることができない。そのため炊き立てを食べずに少し冷ます)すで午後一時をまわっている。家の近くで働いている男性が、昼休みで家に帰ってきた。

朝食と同じ順番で食事をし、床を掃いたら今度は昼寝の時間だ。男性も、三十分から一時間ほどごろんと横になってから再び仕事場に向かう。 私は風がある日は風通しの良い場所を選び、そうでない時には外に出て、大きな木の下の木陰にゴザを敷いて昼寝をする。木の下には雑草や落ち葉がふんわりと積もっており、ふんわりとして気持ちが良い。太陽が動くのと共に木陰も移動するため、直射日光が当たると暑くて目が覚める。私は何も考えずにむくっと起きてゴザを持って立ちあがり、移動した木陰の下にゴザを敷いて再び眠る。起きるのは三時半から四時ごろだ。

今度は午後のティータイム。私と次女のミーナがチャイを作る。 あらかじめ牛乳を沸騰させておくか、あるいはかまどに余裕があれば紅茶を煮出すのと同時進行で牛乳を沸騰させる。そうしている間に湯を沸かし、沸騰したころに紅茶の葉をティースプーンに三杯ほど、さっと入れる。葉を煮出すため、ほんの少しの量で十分だ。ふきこぼれそうになると火を小さくして、再び大きくして、またふきこぼれそうになると小さくする。これを数回繰り返したところで大量の砂糖をどばっと入れる。それからまた、火を大きくしたり小さくしたり。そして、沸騰させた牛乳を入れて火から下ろす。

茶こしを使いながらステンレスのグラスに注ぎ、無事に終了。美味しい紅茶ができあがった。インドの暑さに耐えるには糖分が必要なのだろうか。日本国内ではコーヒーにも紅茶にも砂糖を入れない私でも、大量の砂糖入りの紅茶を美味しく飲むことができる。 夕方六時を過ぎたころにはほんの少し、涼しい風が吹いてくる。私は何もせず外に座ってたそがれたり、ミーナと一緒にピーナッツ畑に行き、とれたてのピーナッツをかじったり、その畑に座り込んで話をしたり、寝そべったり、男の子がするすると木によじ登って落としてくれたココナッツの果汁を飲んだりした。若い人たちは畑でサッカーをしている。外はまだ明るい。

ふと気がつくと、お母さんは夕食の準備にとりかかっている。

家の女性が費やす時間のほとんどは、食事づくりにあるのではないだろうか。いつの間に作ったのか、夜のティータイムのチャイが差し出された。私たちの家では夕食前のチャイが、一日のうちで最後の紅茶だ。眠る前のチャイはない。 昼食をお腹一杯食べたはずなのに、もうお腹が空いている。夕食を早く作り終えても冷めるまで放置しておくため、食べ始めるのは八時半から九時近くになる。食事の後はホウキで床を掃き、すぐに寝る準備にとりかかる。外で眠る人たちはゴザと枕を持って外に出て行く。

こうして私たちは一日を終え、同じ毎日を繰り返す。


■ 次回は・・・インド到着