1. はじめに


■□■□■ インド?? ■□■□■

インドといっても正確には南インドなので「インド」と一言でくくることはできません。
南と北は全く違うことがあります。

例えば私たち日本人がインド料理と聞いてすぐに思い浮かべる「ナン」を、南インドの人たちはよく知りません。米が主食だからです。また一年中暑い南インドには、ご飯の上にヨーグルトをかけて食べる「カードライス」というものがあります。
南の地方は暑いため、数時間(時には数十分)で自家製ヨーグルトができあがります。そしてヨーグルトには体の熱を取る作用があるといいます。 つまり「カードライス」は暑い南インドで食べるのに適しているのです。

■□■ある朝の風景■□■

「今日、私たちが駅で見た、あの横たわっていた人は死んでいたのではないだろうか」
「いや、まだ生きていたのでは」
「今思うと、死んでいたかもしれない」
「私たちはそのまま通りすぎてしまったよ」
「助けるべきではなかったの?」
「いちいちそんなことを考えていたら、きりがないよ。一人じゃないんだよ」
「インドは、大きいんだ。助けたい人は、助ければいいよ」
「私たちも村で活動するのではなく、身近な場所で人を助けた方が良いと思わない?」
「時間をかけて村に行かなくても、チェンナイ(旧称マドラス)にも困っている人はたくさんいるわ」
「それはそういう活動をする人に任せておけば良いんだ。それともきみが、マザーテレサのように死にゆく人を助ける活動をする?」

私たちは、大勢で話し合うことが大好きだった。

時には冗談を、時には深刻な話を。
同居人たちはいつも忙しく、全員揃うことはあまりなかった。しかし異なる人種、宗教、カーストという様々な背景を持った人たちが話し合うのは、どんなに些細なテーマでも楽しかった。
ヒンドゥ教徒、キリスト教徒、仏教徒、NGO職員、学生、ボランティア、修道女。

それでも私たちは、タブーとされる宗教の話や政治の話をした。

「あ、もうこんな時間!!行かなきゃ!!」
「早く、早く!!」
「待って!!鍵は何所?!」


朝から話に熱中することも多かった。

■□■今考えると・・・■□■ 

今振り返ると、よくあそこまでやったなと思うことがる。どうしてあの時帰国しなかったのか、何故、ホテルに宿泊して豪華な料理やデザートを食べる生活を選ばなかったのか。

きっとそれは、私は人が好きだから。
村の人と一緒に暮らすのが、好きだったから。

出発当初、私の関心事は農村に住むある女性の活動にあった。自らが抑圧される立場にありながら、その女性が中心となり住民をも巻き込んで立ちあがる、その活動を見たいと思った。地域の中で住民と共に活動するには、中心人物である彼女はどのように活動しているのかということに関心があった。

まとまる事を知らなかった住民たちが、グループを作る。
今まで知ることのなかった地域の情報を手に入れることができる。
必要ならば、公的機関に出かけていく。
恐れていた地主と話し合うことができる。

過去の生活からは想像する事ができなかったと、村の人は言う。
自信をつけた彼らの目はきらきらと輝いていた。
それは、活動を積み重ねてきた村とそうでない村を比較すればよく分かる。
自信がある人とない人。
自信がある村とそうでない村。
私は、人々の表情だけでなく、村の雰囲気さえも異なることを知った。 

現地に滞在してわかることは、たくさんある。
初めての海外は15歳。タイ農村のワークキャンプだった。それから何度かアジアの農村に滞在したが、一年間生活をすると「住民」になった気分になり、見えてくることもたくさんあった。 失敗もした。

☆☆☆ほんの少し、南インドの農村の生活をのぞいてみませんか?☆☆☆


■次回は・・・村の一日:1