落書き2…見えざる世界と宇宙の構造について

 私は宗教的な立場に立たずに、スピリチュアルな活動もして行きたいと思っています。私自身はごく平凡な人間で不可思議な能力が有るわけでも無く、何か特別なものが見えるわけでもありません。ほんわか健康村にお見えになる皆様と価値観を共有したり、何よりひょうひょうとした死生観を養って、過剰な生への執着を和らげたい思いで、これまで関心を持って見聞きして来た結果育まれた、見えざる世界への思いを書き添えました。まだまだあれこれと自分自身の中でも変わって行く荒削りな想像の世界ですが、日々こんな世界を思い描いている自分の自己紹介のつもりでもあります。生への執着は事あるごとに心を乱し、苦しみ絶望を生み、体の変調や免疫力の低下を招く結果となります。死は恐怖ではなく安らぎであるが、今は目的を持って生かされているので積極的に生きると言う思いに共感して頂ければ有り難いと思っています。


1.見えざる世界について

 かって宇宙に夢を描く少年の頃、私の宇宙観に劇的な影響を与えたのは、ブラックホールの内側は、私たちが暮らす世界とは異なる時空であると言う記述を目にした時でした。同じ宇宙の中に異なる時空が存在するという事です。それ以来私は宇宙の構造を多次元宇宙として思い描く様になりました。又素粒子の世界を見ると素粒子と呼ばれるものが何種類かある。本来素粒子は一種類であるはずだと思っています。現在素粒子と言われているものの前にまだ別の何かが有る事を想起させます。もしかしたら時空の壁を隔てて我々からは観測出来ないのではないかと考えています。又素粒子論では素粒子は何もない空間から突然現れたり、消えたりすると言われています。江崎ダイオードのトンネル効果なども類似の話と捉えています。今の科学でも空間自体がエネルギーの一つの有り様であると考えられている様ですが、空間の向こうにやはり前段の時空が有るとしか思えない。そうでなければ「複数の素粒子」に違和感が消えないのです。又光は波動性と粒子性の両方の性質を備えているというのも、前段の時空との境界物質であると考えれば納得が行きます。かってエーテルが空間を満たしていると仮定された事が科学史の上でありました。その後否定されて今日に至っていますが、エーテルが時空の境界の向こう側にあるものならばどんな観測にも引っかかっては来ない。今「気」の世界では、気を出せる人同士が向かい合い、気を出し合うと、意識のコントロールのもとに自在に強い力が生じて相手が飛ばされます。現代科学では説明のしようもない力ですが、現実が先行しています。未知のものがある事を認めざるを得ません。誰でも半年も気を養えばその世界を体験出来ます。

 この世界で物質を構成する素粒子と呼ばれる粒子は、私たちの住む時空の中では、最も小さな基本となる粒子であっても、実は前段の時空があって、その時空に満ちている粒子がおびただしい数集まったのが私達の時空の素粒子と呼ばれるものと想像しています。前段の時空の粒子の集合が前段の時空を変化させて、われわれの時空を作り出しているのだと思うのです。ちょうど海面下の氷山が、一部を海面上に突出して、海面上の無数の氷山の景観を創っているイメージです。さらにその又前段の時空もあるかも知れず、時空の境界に隔てられ何段かに積み重なった、ちょうどパソコンのディレクトリーのツリー構造の様な世界が、実際の世界の構造なのだと想像しています。我々の住む時空の次の時空はブラックホールが作り出している時空です。

 前段の時空では、私たちの時空での重力とは別の集合力に拠って、おびただしい数集まった粒子が複雑かつ秩序立って組合わさり、有機的、機能的な組成となったのが意識体で、自己認識する程複雑化した意識体が人間の通常魂と呼ばれる意識体であろうかと想像しています。前段の時空の素が星雲の様に集まって出来ている意識体は濃淡はあっても境界はない。従って個々の意識でもあり、大海の様に大きな集合意識でもあったりする。そんな意識体が時空の境界を破ってこちら側の時空を造り、物質を構成していると思っています。従ってすべての物質の背後に意識体が付随していて、石は石として固まりで有ろうとするだけ、そうした単純な意識体から自己認識する複雑な人間の意識体までさまざまな意識体が有ると思っています。意識体はちょうど物質世界の星や星雲が有限である様に永遠では有りませんが、肉体や物質が消滅しても私たちの時間とは異なって長いスパン存在し、幾たびかかさぶたの様に結実しては剥がれ落ちて、いわゆる転世を繰り返す。そんな風に想像しています。

 私たちを含むすべての物質には、前段の時空から粒子が流れ込んで、物質や肉体が維持されていると思っています。又人の60兆の細胞は5〜6年程ですべて入れ替わると言われていますが、それでもほぼ同じ人相、体形を保っていられるのは前段の物質化の背後の意識体の存在が有るからこそと思っています。ただし、一つの細胞はおびただしい数の粒子の出入りで保たれているため、細部では刻々に変化しているものだと思っています。流れ込む前段の時空からの粒子を私たちは、「生命エネルギー」と言ったり「気」と言ったりしています。これが遮断されれば、除々に物質や肉体が素粒子から崩壊して行きます。細胞もやがては壊死して行きます。それも意識の持ち様だけで前段の時空からの粒子が遮断につながったりすると考えています。ですから意識を正しく保つ事は、肉体を維持する上で重要な事だと思っています。心を正しく保てばこの宇宙が私たちを生み出したのですから、すべて旨く機能していく様に出来ていると思われます。又どちらがより本当の世界かと言えば意識体に取っては前段の世界こそ自由な故郷で、私たちの時空は、肉体が足かせとなった実に不自由な世界と思っています。さらに想像を巡らせば、前段の時空には社会も秩序も有り、肉体を持たせて不自由な世界に送り出すのは、ちょうど意識体を成長させるための学校の様な機能として、秩序立った計画の元に送り出し、卒業してもどしたりしているのではないでしょうか。もちろん私たちも納得の上でこの物質世界に降りて来ていると思っています。

2.宇宙とその外の構造について
 私は魂の波動をより高次に高めていく事こそが人の生きる目的であろうかと思っておりまして、生きる目的と世界の構造、働きについて私の想像の世界を述べさせていただきます。
 
 我々の宇宙はふつふつと沸き立っては消えていく泡の様なものであると言われています。これは宇宙論として考察されている事です。又我々の宇宙はビックバンから始まる事も今や定説に近い有力な説として定着しています。ではなぜビックバンが起こったのか。その外の世界とはどの様なものかについて、まず私が描いている想像の世界から触れてみます。

 我々の物質宇宙の外の世界とは、まだ重力と言う物理的な力が発生していない意識体の素が充満した世界だと思っています。 宇宙の外の意識体の素が充満した世界の集合力は波動です。そのため物質世界に置いても共振現象と言う遠くに離れていても波動が伝わる物理現象が有ると考えています。同じ波動の素が集まっては核となりその核が集まってはさらに大きな集合体となり、その中には有機的とも言える複雑な組成のものも生まれ、その複雑化の極みが自己認識するフィードバック機能を備えた意識体と考えています。信じ難いと思う方も居るかと思われますが、物質世界における人の体を考えて見ると同様に驚嘆する世界が有ります。人の体は素粒子の集合で、陽子、中性子をつくり又それらが原子核をつくり、電子、と結んで原子をつくり、その集合が分子をつくり、さまざまな組成の中でタンパク質やその他の有機体をつくり、染色体や、複製して増殖する細胞をつくり、各臓器と体をつくり、壊れた部分を修復するフィードバック機能を備え、その働きは精妙かつ神秘的な奇跡としか思えない様な造作が成立しています。これと同じ様な複雑化、高機能化が、前段の時空に起こっても不思議はないと想像しています。むしろ人の体や精神の働きを見つめれば見つめる程、背後にある何らかの制御の手助けをこの体に感じざるを得ません。

 前段の時空の意識体の素の海は密度の濃淡から分化し、それぞれはより大きな単位、さらに大きな単位へと巨大化し、もはやその時空で許容出来る枠を超え、やがては物質世界から見るとビックバンと呼ばれる、時空を打ち破って我々の物質次元の時空をつくり出す現象が起きたと想像しています。ちょうど物質世界にブラックホールが出現するのと似た様な様相です。前段の時空のエネルギー準位は高く、膨大なエネルギーの固まりが、この宇宙に一気に移行したと思っています。
  
 この宇宙は膨張しながら時を刻む中で、宇宙の外側を包む前段の時空の意識体の集合からは絶えずエネルギーの供給を受け、この物質宇宙は徐々に蒸発をつづけると想像しています。やがては昇華して宇宙は消え、もとの前段の時空に帰って行くのです。この昇華の過程を別の言葉で置き換えれば、「波動が上がって物質次元にとどまれなくなり、昇華して消える」という事だと思っています。この波動が上がる営みが、まさに私たちの意識の波動を上げる日常の営みだと思うのです。

 常に純粋な意識を保ち、天の命じるがままに人生の課題も出会いも受け入れて行く心の持ち方がより波動を高める近道と言えると思います。又よりさまざまな人と共感できる様になる事が波動の高まりだと思っています。私たちはこの現象を愛という気持ちで感じるのだと思います。良き波動の意識体はこうした地道に努力する我々を援助し、導いてくれる存在であると思われます。こうした意識体への感謝の気持ちや祈りは忘れない様にしたいものです。

物質の波動とからみ合った意識の波動の励震は、周囲の物質の波動を上げ、除々に蒸発を促し、物質を前段の時空の意識体の素にもどす働きをして居ると想像しています。日夜正念を持ってあらゆるものを慈しみ、自らの心の波動を上げていく事は宇宙の意志に叶った運行そのものであり、前段の時空からの昇華のためのエネルギーを実らせる方法そのものでもあって、その昇華のために私たちは生かされているのだと考えています。