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シークレット ルーツ

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◆◆◆◆◆

 グラグノール最下層に、経済・情報局は位置する。
 もとはそれぞれ別個の地下建築物であったのを、アルヤーヴが両局の長を兼任した時点で、面倒だと一つにしてしまったものらしい。
 その建築物の最深部に、経済・情報局長室がある。
 地下都市のこととて、外の明暗での判断はできないが、夜もかなり更けた頃である。
 多忙な局長と次官は、ようやく仕事に一段落つけたところであった。
「……と、こんなところですね」
 モルディアードは、卓上の書類をまとめはじめた。つと、その手を止めると、視線を上げる。
「そうそう、昨日、思い出したことがあるんですよ。昔の話ですが」
「ほう、なんだね?」
 アルヤーヴが、応えた。
 相変わらずの、美貌の主である。
 モルディアードが、彼と出会ってもう十年にもなるが、その容貌に年輪の刻みは見られない。彼は全く変わっていなかった。
 若返りサイバー処置のせいではない。ヴァンパイアであるせいだ。
「貴方とはじめて、お会いした日のことです。覚えておられますか?あの時、私は貴方に尋ねました。私が貴方を何故殺さなくてはいけないのか、それは貴方にとってどんな意味を持つのか、と」
「君が、私の誘いを蹴った場合の話だったか……、覚えている」
「あのとき貴方は、答えてはくださらなかった。自分の心理的な問題であり、部外者に話すような事柄ではない、と」
「ああ」
「今、答えていただけませんか?」
 この要請にアルヤーヴは、虚を突かれた表情を見せた。
「また急に、えらく昔のことを」
 表情を変え、笑みつつ鷹揚に構えてみせてはいるが、言いたくないらしい。モルディアードには、それが判る。伊達に十年も付き合っていない。
「答えてください。今の私を、まさか部外者だとは言わせませんよ」
 嫌がるのがわかれば尚更、追求してみたくなるのが人情である。
「………」
 アルヤーヴ、無言。
 モルディアードは、手を緩めなかった。
「有休が溜まっています。明日から、まとめて休ませていただいて、いいでしょうか」
 最早、脅迫だ。完全に、面白がっている。
 この上司の弱みを握れるなど、滅多にないことだ。この機を逃すつもりは、さらさらない。
 勝利は、目前である。
「あの頃のお前は、もう少し純真だったがね。いつからそんな卑怯者になったものか」
「他ならぬ、貴方の御指導の賜物です」
 アルヤーヴは、深い溜息をついた。
 敗北を悟ったらしい。
「あれは、本当に賭け、だった」
 濃藍色の瞳は、眼前の光景を映してはいない。
 己の内面へと、沈みこんでいる。
「あの頃、私は少々へこんでいてね。人生最大のスランプだったといってもいいかもしれん。続出する厄介ごとに忙殺された疲れもあったとは思うが、何をするにもロクな手が打てなくてな。ヘマこそしておらんが、私自身の規定する及第点には程遠い状態だった。今思い返せば、自分でも信じられんが、自信喪失気味ですらあったのだな。にも関わらず、もう一つ厄介な大波が来ることも、わかっていてね。その前に、何としても自信を回復する必要があったのだよ」
「貴方が、自信喪失?」
 モルディアードは、かなり驚いていた。本人も言っていることだが、信じられない。
 この十年、経済・情報局次官として過ごす間に、様々な人間を見てきた。その全てと比較してみても、これ以上の自信家など存在しないと断言できるほどの超絶自信家が、自信喪失とは。
「そうだ。それで自己回復の手段として選んだのが、あの賭けだったのだよ。勝ちを得て、私が私であることを再認識するために、ね。お前に私を殺してゆかせたかったのは……」
 アルヤーヴの視線が心の内より、引き上げられた。
 モルディアードを、正面から見据える。
「認めるわけには、ゆかなかったからだよ。賭けに負けた私をね。それは最早、私ではない。そして、私ではない私が、この世に存在することなど、私は決して許容できない。が、同時に手段としてならまだしも、目的として自殺するような私など、尚更許し難い。だから、ああいう手段をとった。我ながら、実に婉曲的な自己防衛だね。ふふ……可愛いもんじゃないか」
 己のペースを、取り戻したらしい。彼の常態である、揶揄するかの笑みが、戻ってきている。
「可愛い、ですか?」
 あの時、モルディアードの受けた精神的インパクトは、とても可愛いなどといえるレベルではなかった。
「怒ったかね? 今更怒っても、とっくに時効成立だろうよ。それとも、私の前から消えるなぞと言い出したりは、しないだろうね?」
 今度は、アルヤーヴの側に、面白がっている風がある。
「それも一興ですね。今私が消えて、誰よりお困りになるのが、貴方だろうと考えますと」
 的確な切り返しに、アルヤーヴの眉根が寄る。
「嫌なことを言う」
「それは御自分でしょうに。出来ないことが判っていて仰っているのでしょう。牙まで生えた私に、一体どうしろと?」 
 モルディアードがヴァンパイア化したのは、五年前だ。
 グラグノールの一族は同族の姓を名乗っていても、ヴァンパイアでない者の発言を、軽視する傾向がある。これは経済・情報局次官などという役についている人間としては、ありがたくない。
 アルヤーヴが、強要したわけではない。
 モルディアード自身が、望んだ。
 彼の上司は、その要望を聞いたとき、ただ一言、
「本気かね?」
 と、聞き返した。
 止めこそはしなかったものの、その言葉には確実に抑制の響きがあったのを、モルディアードは覚えている。
 そして、彼は完全な一族となった。もう彼に、エリュクテス市民であるという意識はない。あくまで形式的に、そうでもあるというだけのことだ。
「まあ、いいでしょう。完全に納得したわけではありませんが、あの瞬間、本当に私が貴方の命運を握っていたというだけで、痛快ですからね」
 この言葉に、アルヤーヴは笑った。
 実に、嬉しげに。
「ふふん、それはどうかね」
「何ですって?」
 思わず、問い返す。
「まさか絶対に御自分が死なないような細工でも、してたんじゃないでしょうね?」
「しておらんよ。それは断言する。ただ、な」
 意味ありげに、モルディアードを見つめる。
「勝ちを確信できない賭けなぞ、やると思うのかね、この私が? そんな勝負なら降りて、手を代えている。あの一件は私にとって……そうだな、私自身のマインドコントロールに必要な、予定調和という奴だよ」
 超絶自信家の発言である。
 十年前の自信喪失など、見るかげもない。
「長期休暇を申請します」
 微笑と共に一言残して、早々にドアを目指す。
 右手がドアのノブを掴むその前に、後ろから羽交い絞めにされた。
 勿論、アルヤーヴである。
 耳元に、囁きかけられる、声。
 二言、三言、何かを告げると、上司の手がノブを掴み、モルディアードより先に部屋を出た。
 数歩行ったところで、振り返る。
「ああ、今朝新酒が入ったと連絡があった。飲りにゆこう。足を頼む……玄関で待っているよ」
 言いたいことだけ言い置いてゆく背中を、モルディアードは見送った。
 ……仕方のない人だ。
 諦めの境地である。
 ……まあ、いいか。
 アルヤーヴの囁きが、甦る。
「認めようさ。あの時、私はお前に救われたのだよ。満足かね?」

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