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シークレット ルーツ

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 しかし、やり方はともかくとして、モルディアードに向けた言動の意味は、理性的かつ公正ではあるようだ。語られる内容は驚異の連続だが、アルヤーヴに事実の提示以上の意図、脅迫であるといった……は、無さそうだ。
 性質の悪すぎる遊び心に目を瞑るなら、ある種の誠意すら感じられる。
 少なくとも、現在のところは。
「話題がそれてしまったようだ。本題に戻そうかね。市民権二重獲得の件だ」
「そう、でしたね。貴方がたにエリュクテス市民としての登録が可能であった、ということは理解しました。が、それだけでは不十分です。隠遁生活でもしているならばいざ知らす、グラグノールの人間としての立場で目立った行動をとり続けている貴方のような方のエリュクテス市民権が、何故抹消されないのか、その説明が欲しいところです。秘事とはいえエリュクテス情報部も、それに気付かない程甘いとは思えません」
「ふふ、調子が戻ってきたらしい。結構だ、続けよう。君の言うとおり、エリュクテス情報部も馬鹿ではない。彼等は、このカラクリを知っておるよ。いや、黙認している、というのが正しいかね。エリュクテスとグラグノールは、ある意味表裏一体といっていい。両者は完全に別の都市であり、政体だ。それでいて、陰の部分では互いに寄生しあっているところが、多分にあってね。これは両都市の暗黙の了解なのだよ。故に、時には互いの力を削ぎあうことはあれど、互いを潰しあうことは決してない……そんな関係なのさな。そしてエリュクテスは、こう判断を下した。この一件には触れぬが良かろう、とね。よってエリュクテスのマザートロンは、市民権の二重獲得を発見しても、その者がある姓を持つ場合に限り、自都市民として承認する」
「それが、グラグノール、ですか」
「その通り。もっともグラグノールは、ヴァンパイアウイルス保有者にしか名乗れぬ姓でね。よって君の場合はグラグノーダを名乗ってもらうことになる。こいつは一族中の非ウイルス保有者の姓だ。グラグノールの眷属ぐらいに思ってくれればいい。この名でも、エリュクテスのマザートロンは承認するのでね。ちなみにこのカラクリは、エリュクテス側でも秘中の秘だ……グラグノールでそうである以上にね。両手の指を越える程の人数がいるかどうか、といったところだろう」
 それを知る人間=知っていてよい人間、である。
 余人が知ったならば、記憶が巧みに消去されているであろうことは、想像に難くない。
「………」
 モルディアードは、沈黙した。自分が知っていてはならない人間、に区分されることは明らかである。アルヤーヴの申し出を受ければ、違ってもくるのだろうが。
 それを見透かしたか、
「不安がることはない。私の話を受けようが蹴ろうが、君の身の安全は保障する。私はそこまで無責任ではないよ。だから、この件で君の判断力を鈍らせないでほしい。選ぶのは、君だ」
 その言葉を、今は信用しておくしかない。
 アルヤーヴは、続けた。
「とりあえず二重獲得については、納得してもらえただろう? 後は……そうだな、正式な役職名としては、経済・情報局次官、になるだろうかね」
「次官? 待ってください、貴方の代理、とは伺いましたが、いきなりそんなポストに僕が? そんなことが、通るものですか」
 モルディアード自身、自分の能力に対する信頼はある。将来、それなりのことができるであろうと思える程度の成果も、多岐にわたる分野で作ってきた。
 しかし、今の彼は、一介の学生にすぎない。
 それがいきなり、経済・情報局次官、である。
 グラグノールの施政が、軍事統制局と経済・情報局の長による二頭政治であることを考えれば、これはグラグノールのほぼ頂点を極めるに等しい。実質上、彼の上に立つ者は両局長のみ、ということだ。
 そんな地位に、つく。何ら下準備もない者が、だ。エリュクテスであれば、万金を積んでも考えられない事態だ。
「通るさ」
 あっさりとした、返答。
「それが、私の、意向であるのだからね」
 なんの気負いもなく、さらりと言ってのけた。至極当然なことであるように。
 ロード。
 現代にそぐわない一つの単語が、モルディアードの頭に浮かんだ。
 ロード、即ち「君主」。
 単に施政者である、というのとは同義であるようで異なる資質。
 ……そう、ロード、この人の本質はロードだ。
 暴君の類ではない。門外漢のモルディアードですら知る数々の業績、そして世評からすれば実に有能な、支配者。
 ……怖い、人だ。
 その本質を悟り、心底思う。
 けれど。
 モルディアードの常識に抑えられた心の奥底に、かすかに萌芽したもの。
 ……興味深い。
 なんなのだろう、この圧倒的なまでの魅力は。
 いや、この情況で、モルディアードが怖れを感じこそすれ、怒りを感じていないことを考えあわせれば、最早、魔力に近い。
 これもヴァンパイアの力の一端なのだろうか。
 ……否。
 モルディアードは、ただちに否定した。
 他のヴァンパイアに遭遇したことがない以上、絶対とはいえないが、こんな個性がそうそういては、たまったものではない。
「そこで、だ」
 アルヤーヴの声で、モルディアードは意識を思考の渕より引き戻した。
「君の返事が聞きたい。無論、断ってくれても構わん。ただ、その場合、一つだけ君にやってほしいことがある」
 ……来た!
 やはり、ただで帰らせる気はないらしい。
「お伺いしましょう」
 発した声は、冷静そのものだった。
 この段に及んで、じたばたしても仕方がない。とりあえず、内容を聞くまでである。
 アルヤーヴは、書き物机の引き出しから、銀色に光るものを取り出した。
「こいつで」
 言いつつ、モルディアードへと投げて寄越した。
 銀の放物線を描いたそれを、モルディアードは両手で受け止めた。
「私を撃ちたまえ」
 見れば両手の上で、銀色の拳銃が冷たい光を放っている。
「ウォーレスSP55」
 グラグノールの兵器産業界の最大手、ウォーレス社製のアンティークモデルである。
「ほう、そいつがわかるとは、凄い。腕も期待できそうなものだ。弾は入っているが、撃ち損じればいくらでもある」
 続けて取り出したケースを、いくつか卓上に置く。
 補充の弾丸だ。
 拳銃の弾倉を確認してみる。弾丸はフル装填されている。本気らしい。
 ……しかも、この弾丸は。
 モルディアードは眉をひそめた。
「何故です? 理由を説明してください。仮に僕が貴方を撃ったとして、何の意味があるんです? 教えていただく権利は、あるかと思いますが」
「結構、説明しよう。君にとっての意味は、そうしなければ、この部屋を出られないから、だよ。この部屋の扉はロックされている。解除の方法は二つ。一つは、私が命じること。もう一つは、私の生命活動の停止」
「それでVK、ですか」
「その通り。その弾丸でなら、この私をも殺せるのだよ。そいつはVKの中でも、市場流通不可の最強版でね」
 VK、ヴァンパイアキラーの略称である。
 ヴァンパイアは、治癒能力が高い。普通の弾丸では、致命傷とはなりにくいのだ。しかも相手はグラグノールの首脳である。万一のことを考えて、それなりの防護措置を身体に施してある筈だ。
 通常のVKには、抵抗力があるのだろう。この私をも殺せる、とはそういう意味だ。
「それから、私がロック解除の第一の方法を使うのは、君が誘いに乗ってくれた時以外、有り得ないと断言しておこう」
「貴方にとっての意味は何なのです?僕と貴方が殺し合いを演じることの?」
「君の表現を、訂正しよう。殺し合い、ではないよ。私は一切、抵抗しない。ただ君が私を殺す、それだけだ。そのことの私にとっての意味あいは……、悪いが、話す気はない。敢えて言っておくなら、政治的意味は一切、含まれてはいない。私自身の死によって、後々いくらかの騒動は生じるだろうが……、正直、それは私の知ったことではない。これは、そういった類のことではなくて、私の心理面の問題、とでもいうべきことなのだよ。将来的な可能性はどうあれ、今現在部外者にすぎない君に、そこまで立ち入った話をする気にはなれないね」
 アルヤーヴは、再びソファにゆったりと座った。
 そして、グラスを満たしなおす。
「少し、考えさせてください。次官か、殺人犯か、ですか」
 言ったものの、これでは選択の余地がない。
「君を殺人犯になどしないさ。私を殺しても、君には嫌疑はかからない。事後の手は打ってあるよ。世間的には、ローラン・Z・藍上が自殺し、アルヤーヴ・R・グラグノールは失踪、となる予定だ。遺書は用意してあるし、警察には介入させない。藍上製薬にも、そのぐらいのコネはあるのでね。まぁ……ただ一点、私の良心を刺激する点があるとすれば、世間的にはどうあれ、人間一人を実際に殺してしまった君の精神面のフォローまでは、できないということぐらいだ」
 この言葉に嘘はなさそうだ。また言葉通りにできるだけの、力もあるだろう。
 二者択一の権利、選択の余地は、あるとみていい。 
 ……しかし、わからないな。
 何故この人は、自分が話を蹴っただけで死ぬことができるのか。
「貴方は、どうしてこんなことで死ねるんです? 死なれたいんですか」
「否」
 返答には、一瞬の逡巡もなかった。
「私は、死など望まない。これは賭け、なのだよ。ちょっとしたゲームだ。賭ける額が大きければ、見返りもそれだけ大きい……楽しいものだね。私は自殺などしないよ。自分から、この勝負を降りるなぞという、馬鹿馬鹿しい行為は、絶対に、しない」
 ……見返り、か。
 それは、何なのか。率直に考えるなら、モルディアード自身、ともとれる。が、自分でもそこまでの価値があるとは思えない。
 ……狂ってる。
 それが、どんな見返りであれ、こんな手段に出るものだろうか。
 ……まったく、狂ってる。
 狂気の沙汰、ではなく正気の沙汰であるあたりが、完全に狂っている。
 目の前の男は、狂人ではないのだ。
 狂うどころか、誰よりも深い理性をもって、この挙に出たのだ。
 ……そして、僕も狂ってる。
 こんな人間を相手にしているというのに、何故これほど惹かれるのか。
 ……やっぱり、選択の余地なんて、無いも同然じゃないか。
 モルディアードは、何かを振り切るように、決然と顔を上げた。
 やおらに、銀のウォーレスSP55が火を吹いた。
 反動は、ほとんどない。いい銃だ。
 七発、弾倉の全てを撃ち尽くす。
 至近距離。
 狙いは、正確だった。
「お見事」
 ソファの背もたれに、アルヤーヴの美影を縫いとめるかに、七つの弾痕が刻まれていた。
 わずか一ミリのずれが、流血を余儀なくさせたであろう、そんな位置だ。
「もう少し、驚いていただきたかったですね」
「君が、射撃のライセンス保持者だとは、知っていたよ。学生大会での、成績も併せて、ね」
 かなわない、と心底思う。
「おめでとうございます。貴方は、賭けに勝たれました」
 モルディアードの祝辞に、艶然たる微笑が応えた。
 彼自身の口許にも、自然笑みが浮かんでいた。
 彼の上司になった男は、ゆっくりとグラスを干した。
「君も、どうだね?」
 
 これが、はじまりだった。

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