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シークレット ルーツ

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「では、本日の用件、というやつだがね。単刀直入に言おう。君が、欲しい。最近、どうも多忙でかなわん。といって、まだまだ手は広げたい……色々な意味で、ね。正直、自分があと何人か欲しいと思う程だ。クローニングしてしまおうかと思ったことすらある。まぁ、これは止めておいたが。この私が、誰かの下になぞ、つけるわけもないことは誰より知っているからね。おそらくは、この私自身を主としてすらも。それは、さておき、さ。そんなわけで、私の代理を任せられるだけの人間を、ここ数年ずっと捜していたのだよ。そして、私はようやく確信できるだけの人材に出会った。彼しかいない、とね。それが、君なわけだ」
 本気、というより、正気だろうか、とモルディアードは疑った。
 しかし目前の美貌は、口許に微笑を浮かべこそすれ、藍色の瞳は笑ってはいない。
 冷静になれ、とモルディアードは自分に言い聞かせた。
 一つの色を、想念する。
 コバルトブルー。
 すぐに、すうっ……と頭の芯が冷えてゆくような感覚を覚える。
 若くして三つの博士号を持つ、この青年独特のマインドコントロールとでもいうべきものであった。
 よく、考えなければならない。
 ここまで、アルヤーヴという男のペースに取り込まれて、煙に巻かれてしまっていたモルディアードであるが、ふと気付けば情況は非情に切迫していた。
 命の危険すら、ある。
 表面だけを見れば、これは単なる就職先の紹介のようなものだ。
 しかし。
 はたして、この話を断った時、彼は生きて帰れるのだろうか。
 ローラン・Z・藍上とアルヤーヴ・R・グラグノールが同一人物であるという事実。
 これは最上級の秘密事項の筈だ。
 そうだったんですか、で済まされる類の情報ではない。
 望んだわけではないとはいえ、そんなことを知ってしまった人間を、グラグノールは放置するだろうか。
 有り得ない。
 モルディアードは、断定した。
「僕が、貴方の代理、ですか。確かに、僕は周囲から多少の評価を貰ってはいます。しかし、それが貴方のような人に買ってもらえる程のものとは、思えません。貴方は、僕の何をそうまで見込んでおられるのですか?」
 藍色の瞳を正面から見据え、問う。
 とりあえずは、少しでも情報を集めることだ。今のままでは判断の材料が乏しすぎる。
 もっとも、ますますのっぴきならなくなるような、機密を知ってしまう可能性は無きにしもあらず、ではある。
 が、既に命の危うさを覚えているのだ。知ったところで、これ以上悪い情況に陥りようもない、とモルディアードは腹をくくった。
「ほう、これは、いいね。突発事態に対して冷静に対処する能力。為政者には、必要不可欠な要素だよ」
 言葉を切って、アルヤーヴは立ち上がった。
 キャビネットに向かい、ブランデーのボトルとグラスを一つ手にして戻ると、再びソファに身を沈めた。
 ボトルを傾け、部屋の明かりで金褐色にきらめく液体をグラスに満たしながら、アルヤーヴは言葉を繋いだ。
「君を知った発端は、例のレポートだよ。あれには、驚いた。君の方法論は、私の考えるそれと完全に一致していたのだよ。まあ、シミュレーションではなく、現実に私があれをやるとすれば、多少違った形にはなるだろうが……それは、私が君の知らない裏のデータを幾つか掴んでいるから、というだけのことでね。表のデータだけを分析するなら君はまさにパーフェクトな、いやそれ以上の解答を出しているのだよ。そこらの一流を自称する企業家どもになぞ、出来る事じゃない。君は、自信をもっていい」
「ありがとうございます。でも、その方法を貴方はなさらなかった。何故です?」
 率直な、疑問。
「必要が、無いからだよ」
 白い手が、グラスを口許へ運ぶ。
 一口飲って、続ける。
「藍上製薬をこれ以上、大きくする、ね。君も、もう察しているだろうが、これは私の会社だ。ローランという名は、この会社のナンバー2のものに過ぎん。が、それは私が一々表に立つのもどうかということでね。トップ、社長の任命権は私にある」
 要するに、社長はローラン、即ちアルヤーヴの傀儡ということだ。
「そして、私にとってこの社の持つ意味は、エリュクテスにおける諸々の活動の足場だ。それ以上のものになる必要は、ない。いや、むしろ、有害だよ。これ以上大きくなれば、必然的にエリュクテス内の政権争いに巻き込まれる」
 エリュクテスの最高統治機関は、評議会である。俗に千人評議会と呼ばれているものだ。議席数はその名の通り千席。そして、うち二百席は企業席である。
 エリュクテスの政治理念の一つに「企業はその営利目的に矛盾しない範疇において都市に貢献すべきである」というものがある。
 その理念に従い、評議員選挙の折、同時に企業選挙なるものが行われる。
 エリュクテスの全企業を対象に、都市民が投票するのだ。この結果をもとに、人望のある企業上位二百社が、各一席ずつ企業席を獲得することになる。
 企業席自体が全体の五分の一にすぎず、しかも各社一席というと、一見たいした力もなさそうだが、そう見るのは誤りである。
 エリュクテスの国家予算の約四割は、これら企業からの都市献金によるものだ。金という血流を生み出す彼等の存在は、エリュクテスの心臓にも等しい。しかも残り八百人の議員にしたところで、各々の政党とは別に皆、××系列、××社寄り、といった要素を持ちあわせているのである。
 エリュクテスに限ったことではないが、実質、この世界の都市を動かしているのは、企業であるといっていい。
 グラグノールなどは、ごくごく例外的な存在なのである。
 そして、前回の選挙における藍上製薬の順位が、一千五十一位。上位二百社にランクインするには、まだまだありそうにも思えるが、このあたりの層はさして得票差が無く、まとめて次点といってよいレベルである。
「私はエリュクテスの政争に加わる気はない。エリュクテスという都市は支配するより、傍から利用するほうが遥かに役に立つし、効率もいい。これで納得がいったかね?」
「ええ」
「では、もし君がこの話を受け入れてくれた場合の、君の待遇について説明しよう」
 モルディアードは、頷いた。
 切実に聞きたいのは逆の場合、彼がこの話を断った時の待遇なのだ。
 そう思いつつも、どうにかそれを表情に出さないよう、努めようとする。
「まず、経済的には何の不自由もさせんよ。そう、ローランと呼ばれている男の表面上の収入なぞは、問題ではなかろう位には。自分の金策なぞやっている暇があるなら、グラグノールの金策に頭を使ってもらいたいのでね。これは、保証する」
 大した事でもなさそうに、アルヤーヴは言いきった。藍上製薬クラスの会社の専務取締役の年収といえば、結構なものの筈だが、積極的に金でモルディアードを釣るつもりはないらしい。
「それから通常の場合と違って、君はエリュクテス市民権を得たまま、グラグノール市民権を得ることになる。ちなみに、エリュクテス市民としての君は形式上藍上製薬の社員、という扱いになる。多分にグラグノールに比重のかかった、二重生活、ということになるか」
「そんなことが、できるのですか?」
 普通は都市間での、市民権の二重獲得は不可能である。
 もっとも、グラグノールは前述の通り、特殊な都市である。
 グラグノールの側では、市民権を得たいと思う者は、他都市民権を持続したままに取得させている。グラグノールは何者をも拒まない。たとえ他都市における犯罪者であろうとも、全てを受け入れ肥大してゆく。そういう都市なのである。
 よって、グラグノール市民権を得たことを、もう一つの市民権を持つ都市側に運良く知られないままにいられれば、二重獲得は可能なのであった。
 ただし、知られれば、即刻その市民権は抹消されてしまう。しかもグラグノールの市民権を持つということは、世界から「世界の外」の者である、という宣告を受けたに等しい。こうなってしまうと、文明圏ではグラグノール以外の場所には居られない。ただ人ならIDの偽造でもしなければ、他都市に入ることすらできなくなる。そして回復の余地は無い。
 これはグラグノールと唯一それなりの都市交のあるエリュクテスでも、基本的には同様であった。
「できるさ。でないと君も困るだろう? ふふ……私とて、世界からの隔離と引き換えの就職勧誘なぞ、流石にせんよ」
 道理である。そんな条件付で快諾する者がいるとは思えない。
 しかし、口約束でない保証もない。
「疑っているかね? 当然さな。今この場で証明しろと言われても、証明してみせようがないのが残念だがね……私のエリュクテスIDを精査すれば証明できようが」
 モルディアードの頭に、新たな疑念が浮かんだ。
「待ってください。それは、やはり精密な『偽造』ということではないのですか? 貴方は、貴方自身の市民権二重獲得を例に挙げて、僕を安心させようとなさっているようですが、貴方と僕では根本が違います。元々グラグノール市民である貴方には、合法的にエリュクテス市民権は得られない筈です。たとえ貴方ほどの地位にある方であっても」
「ああ、これはいささか説明不足だったようだね。違いはしない……、同じ、なのだよ」
 モルディアードは、アルヤーヴを凝視した。
 表情から、内心を探ろうとする。
 齟齬を指摘された者の狼狽は、微笑をたたえた麗貌には認められない。いや、むしろ満足げですら、ある。モルディアードの指摘は、及第点であったとでもいうように。
「どういうことですか」
「ちょっと面倒な話なのだがね。なるべく簡略化して言うと、だ。生まれながらにグラグノールの姓を持つ者は、皆エリュクテス市民なのだよ。この私自身も含めて、ね。エリュクテスで生まれ、エリュクテス市民としての登録がなされた後、地下へと下る。これが建前だ。実際は地下での出産直後に、エリュクテスで届けが出されるわけだが。聞いたことがないかね? グラグノールの一族には同族婚が多い、と。この理由の一つは子供のエリュクテス市民権の維持にあるのだよ……より重要な理由も別にあるが、それは後でよかろう。ともかく、だ。私が言いたいのは、そんな事情で私自身の二重獲得は生まれてこのかた持続されている、ということだよ」
「………」
 モルディアードは、絶句した。
 ことのついでのように、とてつもないことを聞いてしまった。
 グラグノールの一族がエリュクテス市民であるなど、有り得ないことであった。
 グラグノールの一族及び現グラグノールの住民の過半数はいわゆる「外市民」、もともとドーム都市外で暮していた「世界の外」の民の子孫であり、残りはドーム都市よりの脱落者である、というのが定説である。
 となれば。
「つまり、貴方の先祖の代で既に偽の登録が行われていた、ということですか?」
「違うね」
「それでは……?」
「我々が外市民の裔である、というのは表の歴史に過ぎん。常識的思考に基づいて創られた、ね。過去一度たりとも、その説を肯定したことは、我々には無いのだよ。もっとも、そう思われておくほうが都合も良いから、否定したことも無いがね。我々が外市民の裔であるとするのは、一見もっとも常識的に思えるさ。……が、君は不思議に思ったことはないかね? いくら旧エリュクテス地下水路を利用したとはいえ、外市民にグラグノールを築くだけの力が、はたしてあったのだろうか、と。私は一部の過激団体と違って、別段外市民の能力そのものを否定するつもりは無いがね、それでも彼等には事を成すだけの、技術力と財力が決定的に不足しているのだよ」
 外市民の生活をドーム都市のそれと比べれば、総じて技術的には数世紀以上の開きがあるのが普通だった。しかも、ろくな物資のない状態で、である。どうしても小規模な共同体での、自給自足に近い生活になってしまう。
 そんなギリギリの暮らしをしている共同体のいくつかが、一念発起し団結してみたところで、現実にグラグノール級の都市を築きえるものかどうか。
「仰る通り、まず無理でしょうね」
 モルディアードは、認めざるをえなかった。
 頭の中で、情報を整理しなおしてみる。
「と、いうことは、グラグノールは藍上の一族の変名……いや、それだけでは駄目でしょうね。他にもエリュクテスでそれなりに歴史と力のある幾つかの一族が集い、その集団を指す名称として新たに創られた名、そう考えればいいのでしょうか」
「その通りだ」
 アルヤーヴは微笑して、グラグノール建都当時の情況を説明しはじめた。

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