幡多の神社

ハイタカ神社

場所:宿毛市大島

旧村社・祭神
ハイタカ神社 不詳



ハイタカは、偏が「西」の下に「早」、旁は「鳥」。
手持ちの大字典になく、角川漢和中辞典にあった。
(X0213面区点  2-94-41、UNICODE 09DE3)

寛永年間に宇須々木ハイタカ神社より勧請、
ハイタカ大明神と称し、大島の産土神とした。



 大島の南を西に歩いているとあります。現在クルマの通る道からは一本山側の道です。クルマが通れないわけではありませんが、駐車のことを考えると海側にクルマを置いてテクテク歩いてくるのが、宜しいかと。

 漁協が前にありすぐに判ります。注目は写真に写っている階段。安政の地震、宝永の地震の際、津波がここまできたという記録が残っています。規模が小さかったとされる昭和の南海大地震の際は、幸い津波は階段まで来なかったそうです。



 「一七〇七年(宝永四年)十月四日の大地震で津波が此処まで押し寄せる。大島浦全戸流失」と書かれています。来るべき南海大地震の教訓ですが、後残すこと二段のみでした。上の写真で階段脇で灯籠の上に小さく見えている標識が安政の時の津波到達点です。



 津波到達点から近くを撮影してみました。殆どのお家よりも高い所になっています。とにかく少しでも高い所に逃げることです。貴重品は直ぐに持ち出せるように・・・。




 さて、ハイタカ神社拝殿。謎のハイタカ神社(このページとハイタカ神社考は同日掲載)ですが、由来はもう良いじゃないですか。ここは勧請して作られたもので、その後産土神として祀ってこられてわけで。寛永年間と云いますから、建物は新しいけど島民が崇拝してもう三百年は経っています。



 御神躰は木像。見てみたいですね・・・。

 あっ、神道での勧請・分祀については、ロウソクの火を分けても両方が燃えていると同じく、一度祀るとその神社では分けても祭神として残るようです。

 自分勝手な規則でしょう。チョット違うけど、地元の人がハイタカ大明神ですといっているのに、そんな神様は知らないと「不詳」としてしまう。自分たちが知らないものはなきものとして扱って、都合の良いようにルールを作る。それがまつりごと(ATOKは当然「政」と変換)なんですね。いや、学問の世界かな?祭神「ハイタカ大明神」で良いじゃないですか。

 まあ一応、祭神「不詳」のままで。



 狛犬は一般的な「しょうわ」とされるタイプ。



 さて、ハイタカ神社。本当に何を祀っているのでしょうか。

 ハイタカ大明神さん、貴方はどなた?


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