コミュニティーの英雄

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 「アメリカは個人主義の国」とよく言われています。確かに道行く人々の服装はばらばら、学校にも制服はないし、政治、宗教、その他、他人に迷惑を及ぼさない限りは完全に自由が認められています。特にニューヨークとなると、モダンな都会、多分東京以上に核家族化が進んだ、隣に誰が住んでいるのかも知らないような、個人を単位とした街だという印象を、多くの人たちは持っているのではないでしょうか。実は私もここに来るまでそうしたイメージを持っていました。

 ニューヨークと言っても面積は広大ですし、その中の地区によってまた違いがありますから一概には言えませんが、私が住んでいるアストリアというところに限って言えば、個人個人がばらばらに住んでいる、というイメージはまったく違っていました。ここには数十年も前から暮らしている人もいれば、最近新しく移民としてきた人たちもいますが、民族ごと、文化ごとのコミュニティーがあり、また民族を超えた近所づきあいなどもかなりあるのです。

 私の家は、タウンハウスと呼ばれる、日本で言えば3軒長屋のうちの一軒なのですが、左隣に住んでいるのはスージーというイタリア人のおばあさん。彼女は5歳の時イタリアから移民してきたそうです。そして今では移民博物館になっているエリス島に上陸したことを覚えているそうです。それ以来ずっとこの町に住み、子どももこの街で育てました。子どもたちもとっくの昔に独立し、今はご主人がアルツハイマー病で入院してしまったので、一人暮らしになってしまいました。私がニューヨークに来るまで妻は妊婦で一人暮らしだったのですが、弱いもの同士で助け合い、お互いに行き来して、私の息子のためにセーターまで編んでくれました。うちの家の鍵もひとつスージーに預けてあります。その隣に住むのはポーランド人のメアリーおばあさん。息子を連れて遊びに行くと、彼女の社会の習慣でしょうか。お祝いにと息子の手に10ドルを握らせました。ご主人がキリスト教団体で国際協力にかかわっていた経験のあるジュディは私の妻と道端で話して親しくなり、自分の家の庭でなったトマトを届けてくれました。江戸っ子になるには3代かかるそうですが、ここでは住み始めたときから誰もがニューヨーカーなのだそうです。

 「I love New York」というロゴを見たことがある人は多いと思います。loveのところが赤いハートになっているやつです。私は今までこれは外国人観光客向けのキャッチフレーズか、あるいは「遊ぶ場所としてのニューヨーク」を意味しているのだとばかり思っていました。ところが事件のあとは、このロゴを付けたTシャツやバッグを持って歩いている人が、ぐっと増えたように感じます。どうやら「I love New York」には生活の場としての意味もあった、あるいはニューヨーカーたちにとってはそちらの意味が大きかったように思えてきました。

 さて、そんなコミュニティーの雰囲気があり、みんながLoveしている街の中には、必ず消防署や病院があります。ニューヨークではどうやら以前大火があったために、火事への対策がかなり徹底しているようです。ところが日本と違い、ほとんどの消防署には火の見やぐらがありません。その代わり、消防車数台という小規模な消防署がいたるところに配置されています。そして街角には数多くの消火栓が目に付く他、一見するとまるで古い郵便ポストのような火災報知機が立っています。基本的にコミュニティーの中の消防署として、市民の通報によって出動する仕組みになっているのでしょうか。コミュニティーとの結びつきを考えると、感覚的には日本の田舎の消防団に近いものがあるのかもしれません。

 そして今回のテロ事件です。ニューヨーク周辺の街という街の小さな消防署から、消防士や救急隊員が現場の世界貿易センタービルに駆けつけました。私の家の近くのメインストリートも、あの日には多くの救急車両がサイレンを鳴らし、マンハッタンへ向かう姿が見られました。そして救助作業にあたった消防署員の約300人が帰らぬ人となりました。中には所属する消防士のほとんどが帰らぬ人となってしまった消防署もあったそうです。

 私の家の裏手にも小さな消防署があります。その入り口の片隅には人の名前が書かれた紙が貼られ、花やロウソクが手向けられています。市民が消防士たちの活躍と犠牲に感謝と哀悼の意を表するために設けたものです。どうやら各地区にある小さな消防署は、日本で言えば田舎の消防団のような、コミュニティーのメンバーという認識をされていた存在であったようです(無論マンハッタンのビジネス街などは少々事情が異なるでしょうけど)。

 そして私の家の近くの病院の入り口には、一人の救急隊員の大きな遺影が飾られています。書かれている名前からすると彼はヒスパニック系のようです。彼の愛称まで書いてあるところを見ると、きっと病院の人たちにも愛称で親しまれていたのでしょう。事件後遺影が飾られて以来、この前には花とロウソクの火が絶えることはありません。何度通っても心が動かされるシーンです。亡くなった消防士や救急隊員、そして警察官たちは、自分が働いていたコミュニティーで、人々の心の中の英雄になったのです。

追記
 この遺影は後に片付けられましたが、歩道に彼を記念するプレートが置かれました。NYPD(New York Police Department)のロゴなどは、今ではまるでひとつのブランドのようになっています。