街角の風景世界に暮らす > ニューヨークTOP > 街角の風景事件後2週間あまりを経て、ニューヨークでは現場近くを除いて地下鉄などの交通機関も回復し、一部で交通制限が行われているものの橋などの道路網も多くが平常に戻りました。多くの人々は、あの日と同じように毎朝出勤し、子どもたちは学校へと出かけています。しかし、街の雰囲気は確かに変わりました。日本での報道では、アメリカが報復戦争へと突き進み、いたるところで軍歌が流れているようなイメージをもたれているのかもしれませんが、ニューヨークの様子はまったく違います。 星条旗は以前よりもはるかに多くはためいています。そしてその多くは半旗になったままです。街角のところどころには、市民が追悼のためにともしたロウソクや、ささげられた花が片付けられることなく置かれたままになっています。街のあちこちには行方不明者を探すための写真と連絡先を記した多くの張り紙があります。「平和を」と書いた張り紙もまた数多く目にとまります。私の家から地下鉄の駅に行く間には「No War!No Racism!」と書かれた張り紙があります。 観光都市ニューヨークですが、自由の女神像やエンパイア・ステート・ビルディングなど、アメリカを象徴するような施設は、テロを恐れていまだに関係者以外の立ち入りが禁止されたままです。車両の突入を恐れてか、国連ビルの周囲の道路は閉鎖され、徒歩でしか近づくことができません。 道行く人々の表情も、どこか沈みがちなように思えます。どこかにパトカーが停まり、警官が何かの捜査を行っていると、多くの人々が立ち止まって心配そうな表情で、その様子を見ています。事件以前なら多分誰も振り返りもしないニューヨークの日常だったのでしょうに。 この街は悲しみと、不安の中にあります。アメリカによる攻撃開始のニュースも、何も救いを与えてはくれません。亡くなった、あるいは行方不明になった4千人はごくごく普通の人たちでした。朝家族に「行ってきます!」と言って出かけ、そして夜にはいつもどおり戻ってくるはずの人たちでした。自分の家族が戻って来なかった家が4千軒。そして自分の家は全員無事であったとしても、隣のダディが帰って来なかったのを知ったら、人はどのような気持ちになるでしょうか。それが人々が実際にビルを見上げている時に、あるいはテレビの中継を見ているときに起きたことです。 |