パレスチナからのメッセージ世界に暮らす > ニューヨークTOP > パレスチナからのメッセージテロ事件が起きた当日、我が家は朝からテレビをつけっぱなしにしていました。その中で繰り返し報道されたのが、飛行機が突入するシーンや、ビルが崩れるシーンに加えて、パレスチナで人々が歓喜する姿でした。「憎きアメリカが攻撃されたぞ!」と街頭で喜ぶ人々の姿。このシーンは世界中で放映されたそうで、その結果として日本では、パレスチナに援助を行っている団体に対して「なぜテロを支持するような連中を助けるんだ!」という抗議も寄せられたそうです。アメリカ国内でもすぐに無実のアラブ系市民、イスラム教の市民に対して嫌がらせや、また後には殺人などまで起きる事態になりましたが、多分この報道も一役かっていたことでしょう。 では、パレスチナでは本当に人々が大喜びしていたのでしょうか?確かに喜んでいた人もいたようです。しかし、パレスチナから市民の手によってインターネットを経由し、直接届けられる情報を読むと、テレビの映像で受ける「パレスチナ全土が歓喜に包まれている」という印象と、現実のパレスチナの人々の姿とは、かなりの隔たりがあることがわかります。ここに紹介するするメッセージは、パレスチナから、イスラエルを経由して日本に届けられたもので、日本のNGOが翻訳をして公表された文章です。 <アメリカでのテロについて、イスラエルの平和団体 Gush Shalomから9月12日に届いたメール> 当たり前のことながら、世界中どこへ行っても、そこに住んでいる多数は当たり前の人たちです。私は今までアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、オーストラリア、そしてアメリカで暮らしましたが、人種や宗教にかかわらず、どこへ行っても大多数の人は良心的でお互いに助け合って生活している人々でした。人の誕生に喜び、人の不幸に悲しみ、人の痛みを理解できる人たちが、私の知る限りでは世界中どこへ行っても多数派を占めています。 ところが残念なことに、報道に出てくるイメージは、「映像になり易い」極端なものが圧倒的多数になってしまいます。テロを喜ぶアラブ、怒り狂って報復を叫ぶアメリカのイメージは、どこでどのようにして作られるものなのでしょうか?アラブ世界がテロリストの巣窟であるわけでもなく、アメリカが悪魔の帝国であるわけでもなく、多くの人々が普通に暮らしている地である、ということは、他の人たちと痛みや悲しみを共有できる、良識のある、当たり前の人たちが暮らしているということに過ぎません。ちょっと考えればわかりそうなものが、どうして誤ったイメージを持ってしまうのでしょうか。 |