| クラブ名 |
Swansea City スウォンジー・シティ |
| ニックネーム |
@The Swans ザ・スワンズ
AThe Jacks ザ・ジャックス |
| クラブ創立年 |
1912年 |
| ホームスタジアム |
Liberty Stadium リバティー・スタジアム |
| 収容客数 |
20500人 |
| ライバルクラブ |
Cardiff City / Bristol City |
| クラブ公式HP |
http://www.swanseacity.net/page/Welcome |
| ファンサイト |
Jack Army
This Is Swansea
Vital Swansea
SCFC.co.uk |
| 所属ディヴィジョン |
| 年 |
部 |
所属ディヴィジョン |
| 1920- |
3 |
Divison3 |
| 1921- |
3 |
Divison3 South |
| 1925- |
2 |
Divison2 |
| 1947- |
3 |
Divison3 South |
| 1949- |
2 |
Divison2 |
| 1965- |
3 |
Divison3 |
| 1967- |
4 |
Divison4 |
| 1970- |
3 |
Divison3 |
| 1973- |
4 |
Divison4 |
| 1978- |
3 |
Divison3 |
| 1979- |
2 |
Divison2 |
| 1981- |
1 |
Divison1 |
| 1983- |
2 |
Divison2 |
| 1984- |
3 |
Divison3 |
| 1986- |
4 |
Divison4 |
| 1988- |
3 |
Divison3 |
| 1992- |
3 |
Divison2 |
| 1996- |
4 |
Divison3 |
| 2000- |
3 |
Divison2 |
| 2001- |
4 |
Divison3 |
| 2004- |
4 |
FL 2 |
| 2005- |
3 |
FL 1 |
| 2008- |
2 |
FL Championship |
|
| 備考 |
2008年、24年の不遇の時を経て、ついにスウォンジー・シティが2部ディヴィジョンに戻ってきた。2007-08シーズンの成績はアウェーで14勝、しかも12戦無敗、最終的に92ポイントの勝点を積み上げた。
リーグ屈指のストライカー、ジェイソン・スコットランド(Jason Scotland)の活躍が目立ったシーズンだった。
監督のロベルト・マルティネス(Roberto Martinez 2007-09シーズン在籍 09-10シーズンからウィガンの監督に就任)はシーズン中、3度のマネージャー・オブ・ザ・マンスを獲得し、最終的にマネージャー・オブ・ザ・シーズンを受賞した。
マルティネスは選手時代、ウィガンで活躍したスペイン人MFだった。当然のことながらスペインのフットボール事情に詳しく、SKYがスペインの試合を放送する際には解説を務めることもあった。
マルティネスはスペイン人を数多く獲得し、パスワーク中心のフットボールを展開。これが功を奏した形となった。
スウォンジー・シティは歴史上、1度だけトップディヴィジョンでプレーしたことがある。1981-83シーズンの2年間である。
このときの監督はウェールズの(と同時にリバプールの)英雄、ジョン・トシャック(John Toshack)である。
トシャックは元々スウォンジーの最大のライバルであるカーディフ・シティの選手だった(1965-70シーズン在籍)。そしてリバプールで活躍した後に、選手としてスウォンジーにやってきた(1978-84シーズン在籍)。
18歳のときにすでにFAの監督のライセンスを持っていたトシャックは選手としてではなく、プレーイングマネージャーとしてスウォンジーにやってきたのだ。
1978といえば、まだクラブが4部ディヴィジョンにいる時代だった。リバプールの英雄がそのようなクラブへ移籍したことは驚き以外の何物でもなかった。
トシャックの率いるチームは順調にディヴィジョンを駆け上り、ついに1981年にはクラブ史上初となるトップディヴィジョンでのプレーを成し遂げた。
トップディヴィジョンの最初の試合ではリーズを5−1で撃破、その後もスパーズ、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルなどの強豪チームに勝利し、何度かリーグのトップにつけたこともあるが、結局6位でフィニッシュした。
しかしそれがスウォンジーのピークだった。
1981年にはトップディヴィジョンを戦っていたチームが5年後の1986年には4部ディヴィジョンに転落するという最悪のシナリオが待っていたのである。
しかしここから2部までよく戻ってきたというのがサポーターの本音だろうか。
クラブのレジェンドは?
ジョン・チャールズ(John Charles)はスウォンジーの人々の誇りであるが、実はスウォンジーでプレーしたことはない。
スウォンジーの下部組織でプレーしていたチャールズをリーズが引き抜いたのだ。その後チャールズはリーズ(297試合で150ゴール)やユベントス(150試合93ゴール)などで活躍した、ウェールズの英雄的選手である。
リバティー・スタジアムにはイヴォア・アルチャーチ(Ivor Allchurch)の銅像が立っている。
アルチャーチこそクラブの英雄だ。
アルチャーチはスウォンジーでデビューし、その後ニューカッスル、カーディフと渡り歩き、再びスウォンジーに戻ってきた。445試合164ゴールを記録している。
ウェールズ代表の1958年のワールドカップセミファイナル進出の原動力となった選手で、惜しくもブラジルに1−0で敗戦してしまったが(ゴールを決めたのはペレ)、ウェールズにとっても偉大な選手である。 |
| 画像 |
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| クラブエンブレム |
Ivor Allchurch |
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ユニフォーム |
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