| クラブ名 |
Sheffield Wednesday シェフィールド・ウェンズデイ |
| ニックネーム |
The Owls ザ・オウルズ |
| クラブ創立年 |
1867年 |
| ホームスタジアム |
Hillsborough Stadium ヒルズボロ・スタジアム |
| 収容客数 |
39814人 |
| ライバルクラブ |
Sheffield United / Barnsley / Rotherham United / Leeds United / Chesterfield
/ Doncaster Rovers |
| クラブ公式HP |
http://www.swfc.co.uk/page/Welcome |
| ファンサイト |
London Owls
Owls Zone
AnzOwls
Owls Online
Owlstalk
Vital Sheffield Wednesday |
所属ディヴィジョン
フットボールリーグの変遷はこちらで参照してください。 |
| 年 |
部 |
所属ディヴィジョン |
| 1892- |
1 |
Divison1 |
| 1899- |
2 |
Divison2 |
| 1900- |
1 |
Divison1 |
| 1920- |
2 |
Divison2 |
| 1926- |
1 |
Divison1 |
| 1937- |
2 |
Divison2 |
| 1950- |
1 |
Divison1 |
| 1951- |
2 |
Divison2 |
| 1952- |
1 |
Divison1 |
| 1955- |
2 |
Divison2 |
| 1956- |
1 |
Divison1 |
| 1958- |
2 |
Divison2 |
| 1959- |
1 |
Divison1 |
| 1970- |
2 |
Divison2 |
| 1975- |
3 |
Divison3 |
| 1980- |
2 |
Divison2 |
| 1984- |
1 |
Divison1 |
| 1990- |
2 |
Divison2 |
| 1991- |
1 |
Divison1 |
| 1992- |
1 |
Premier League |
| 2000- |
2 |
Divison1 |
| 2003- |
3 |
Divison2 |
| 2004- |
3 |
FL 1 |
| 2005- |
2 |
FL Championship |
|
| 備考 |
ロン・アトキンソン(Ron Atkinson)は1991年、サポーターを裏切るような行為をしてしまった。
サポーターが残留を望んでいるにもかかわらず、アストンヴィラの監督に就任してしまったのだ。
同年に彼はクラブの1部昇格を果たし、リーグカップでマンチェスターユナイテッドを破って優勝するなど結果を残し、サポーターの信頼も厚かっただけに、多くのサポーターはアトキンソンを裏切り者だと感じたようだ。
アトキンソンがアストンヴィラの監督として、シェフィールド・ウエンズデイのホームスタジアム、ヒルズボロに戻ってきたとき、スタジアムにはブーイングが響き渡ったという。
シェフィールド・ウエンズデイはかつてのビッグクラブだ。
4度のリーグ優勝と3度のFAカップ優勝という輝かしい成績を残している。
クラブのルーツは1820年に結成されたクリケットクラブである。
1867年にフットボールクラブとして発足し、1876年にイングランド初のプロフットボーラーとなったジェームズ・ラング(James Lang)はウエンズデイの選手だ。
熱狂的なサポーターと素晴らしいホームスタジアムは英国随一のものだった。
ただし今はサポーターにとって苦難の時期だ。
1984年以来、15年ほどトップディヴィジョンでプレーしたが、1995年にトレヴァー・フランシス(Trevor Francis)が監督をクビになってからは低迷している。
1993年にリーグカップとFAカップのファイナルでアーセナルに敗退し、クリス・ワドル(Chris Waddle 1992-96シーズン在籍)らの優勝な選手も去っていった。
その後は11年で10人の監督が交代し、負債は山積みになるという厳しい状況下にある。
クラブの英雄は?
デレク・ドーリィ(Derek Dooley 1947-53シーズン在籍)は63試合で63ゴールという信じがたい記録を残している(1試合1ゴールのペース)。
しかし彼は23歳の若さで大怪我を負い、足を切断せざるを得なくなった。
ドーリィはその後ウエンズデイの監督に就任した。
ただしクラブは冷酷だった。1973年のクリスマスイブにドーリィは成績不振で解雇されたのだ。
1964年にはクラブ内部でスキャンダルが発覚する。
トニー・ケイ(Tony Kay)、ピーター・スワン(Peter Swan)、デイビッド・レイン(David Layne)がイプスウィッチ戦でチームがわざと負けるように仕向けたのだ。彼らは4ヵ月間を留置場で過ごすこととなった。
この手口を計画したのはマンスフィールド・タウン(Mansfield Town)の選手であったジミー・ガウルド(Jimmy Gauld)だ。彼は自分のスキャンダルをタブロイド紙に高額で売りつけたが4年間を刑務所で過ごすこととなった。
シェフィールド・ウエンズデイの記録保持者にデイビッド・ハースト(David Hirst)がいる。
彼は1996年のアーセナル戦で時速183kmの最高速シュートを放ったのだ(あいにくボールはバーに当たってノーゴール)。
(そのときの動画がこれ)
ちなみに第2位の記録は1997年のチェルシー戦でにデイビッド・ベッカム(David Beckham)が記録した時速156kmという記録である。
また2000年のウルブス戦でGKでありながらエリア外で手を使い、試合開始わずか13秒で退場したケビン・プレスマン(Kevin Pressman)もシェフィールド・ウエンズデイの選手である。 |
| 画像 |
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| クラブエンブレム |
Derek Dooley |
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ユニフォーム |
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