Sheffield Wednesday シェフィールド・ウェンズデイ
Championship          
1 Barnsley
2 Blackpool
3 Bristol City
4 Cardiff City
5 Coventry City
6 Crystal Palace
7 Derby County
8 Doncaster Rovers
9 Ipswich Town
10 Leicester City
11 Middlesbrough
12 Newcastle United
13 Nottingham Forest
14 Peterborough United
15 Plymouth Argyle
16 Preston North End
17 Queens Park Rangers
18 Reading
19 Scunthorpe United
20 Sheffield United
21 Sheffield Wednesday
22 Swansea City
23 Watford
24 West Bromwich Albion
クラブ名 Sheffield Wednesday シェフィールド・ウェンズデイ
ニックネーム The Owls ザ・オウルズ
クラブ創立年 1867年
ホームスタジアム Hillsborough Stadium ヒルズボロ・スタジアム
収容客数 39814人
ライバルクラブ Sheffield United / Barnsley / Rotherham United / Leeds United / Chesterfield / Doncaster Rovers
クラブ公式HP http://www.swfc.co.uk/page/Welcome
ファンサイト London Owls
Owls Zone
AnzOwls
Owls Online
Owlstalk
Vital Sheffield Wednesday
所属ディヴィジョン

フットボールリーグの変遷はこちらで参照してください。
所属ディヴィジョン
1892- 1 Divison1
1899- 2 Divison2
1900- 1 Divison1
1920- 2 Divison2
1926- 1 Divison1
1937- 2 Divison2
1950- 1 Divison1
1951- 2 Divison2
1952- 1 Divison1
1955- 2 Divison2
1956- 1 Divison1
1958- 2 Divison2
1959- 1 Divison1
1970- 2 Divison2
1975- 3 Divison3
1980- 2 Divison2
1984- 1 Divison1
1990- 2 Divison2
1991- 1 Divison1
1992- 1 Premier League
2000- 2 Divison1
2003- 3 Divison2
2004- 3 FL 1
2005- 2 FL Championship
備考  ロン・アトキンソン(Ron Atkinson)は1991年、サポーターを裏切るような行為をしてしまった。
 サポーターが残留を望んでいるにもかかわらず、アストンヴィラの監督に就任してしまったのだ。

 同年に彼はクラブの1部昇格を果たし、リーグカップでマンチェスターユナイテッドを破って優勝するなど結果を残し、サポーターの信頼も厚かっただけに、多くのサポーターはアトキンソンを裏切り者だと感じたようだ。

 アトキンソンがアストンヴィラの監督として、シェフィールド・ウエンズデイのホームスタジアム、ヒルズボロに戻ってきたとき、スタジアムにはブーイングが響き渡ったという。

 シェフィールド・ウエンズデイはかつてのビッグクラブだ。
 4度のリーグ優勝と3度のFAカップ優勝という輝かしい成績を残している。

 クラブのルーツは1820年に結成されたクリケットクラブである。
 1867年にフットボールクラブとして発足し、1876年にイングランド初のプロフットボーラーとなったジェームズ・ラング(James Lang)はウエンズデイの選手だ。

 熱狂的なサポーターと素晴らしいホームスタジアムは英国随一のものだった。
 ただし今はサポーターにとって苦難の時期だ。

 1984年以来、15年ほどトップディヴィジョンでプレーしたが、1995年にトレヴァー・フランシス(Trevor Francis)が監督をクビになってからは低迷している。
 1993年にリーグカップとFAカップのファイナルでアーセナルに敗退し、クリス・ワドル(Chris Waddle 1992-96シーズン在籍)らの優勝な選手も去っていった。
 その後は11年で10人の監督が交代し、負債は山積みになるという厳しい状況下にある。

 クラブの英雄は?
デレク・ドーリィ(Derek Dooley 1947-53シーズン在籍)は63試合で63ゴールという信じがたい記録を残している(1試合1ゴールのペース)。
 しかし彼は23歳の若さで大怪我を負い、足を切断せざるを得なくなった。
 ドーリィはその後ウエンズデイの監督に就任した。
 ただしクラブは冷酷だった。1973年のクリスマスイブにドーリィは成績不振で解雇されたのだ。

 1964年にはクラブ内部でスキャンダルが発覚する。
 トニー・ケイ(Tony Kay)、ピーター・スワン(Peter Swan)、デイビッド・レイン(David Layne)がイプスウィッチ戦でチームがわざと負けるように仕向けたのだ。彼らは4ヵ月間を留置場で過ごすこととなった。
 この手口を計画したのはマンスフィールド・タウン(Mansfield Town)の選手であったジミー・ガウルド(Jimmy Gauld)だ。彼は自分のスキャンダルをタブロイド紙に高額で売りつけたが4年間を刑務所で過ごすこととなった。

 シェフィールド・ウエンズデイの記録保持者にデイビッド・ハースト(David Hirst)がいる。
 彼は1996年のアーセナル戦で時速183kmの最高速シュートを放ったのだ(あいにくボールはバーに当たってノーゴール)。
(そのときの動画がこれ
 ちなみに第2位の記録は1997年のチェルシー戦でにデイビッド・ベッカム(David Beckham)が記録した時速156kmという記録である。
 
 また2000年のウルブス戦でGKでありながらエリア外で手を使い、試合開始わずか13秒で退場したケビン・プレスマン(Kevin Pressman)もシェフィールド・ウエンズデイの選手である。
画像
クラブエンブレム Derek Dooley
ユニフォーム
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