Sheffield United シェフィールド・ユナイテッド
Championship          
1 Barnsley
2 Blackpool
3 Bristol City
4 Cardiff City
5 Coventry City
6 Crystal Palace
7 Derby County
8 Doncaster Rovers
9 Ipswich Town
10 Leicester City
11 Middlesbrough
12 Newcastle United
13 Nottingham Forest
14 Peterborough United
15 Plymouth Argyle
16 Preston North End
17 Queens Park Rangers
18 Reading
19 Scunthorpe United
20 Sheffield United
21 Sheffield Wednesday
22 Swansea City
23 Watford
24 West Bromwich Albion
クラブ名 Sheffield United シェフィールド・ユナイテッド
ニックネーム The Blades ザ・ブレイズ
クラブ創立年 1889年
ホームスタジアム Bramall Lane ブラモール・レーン
収容客数 32609人
ライバルクラブ Sheffield Wednesday / Barnsley / Rotherham United / Leeds United
クラブ公式HP http://www.sufc.co.uk/page/Welcome
ファンサイト Greasy Chip Buttie
The Blades Online
Unitedite.co.uk
Red & White Wizards
Sheff-Utd.co.uk
Gallon Of Magnet
所属ディヴィジョン

フットボールリーグの変遷はこちらで参照してください。
所属ディヴィジョン
1892- 2 Divison2
1893- 1 Divison1
1934- 2 Divison2
1946- 1 Divison1
1949- 2 Divison2
1953- 1 Divison1
1956- 2 Divison2
1961- 1 Divison1
1968- 2 Divison2
1971- 1 Divison1
1976- 2 Divison2
1979- 3 Divison3
1981- 4 Divison4
1982- 3 Divison3
1984- 2 Divison2
1988- 3 Divison3
1989- 2 Divison2
1990- 2 Divison2
1992- 1 Premier League
1994- 2 Divison1
2004- 2 FL Championship
2006- 1 Premier League
2007- 2 FL Championship
備考  シェフィールド・ユナイテッドの名物選手といえば、イングランドのフットボール史上もっとも太った選手、ウィリアム・フォルク(William Foulke)だ。
 彼は1894-1905シーズンの間シェフィールド・ユナイテッドに所属し、GKとして299試合に出場した。
 彼の活躍したこの時代こそ、クラブの栄光の時代であり、フォルクはクラブを最初で最後のリーグ優勝(1897-98シーズン)、3度のFAカップファイナルに導いた(うち1899、1902の2度の優勝)。
 
 そのうち1902年のFAカップ優勝の際、次のような出来事があった。
 対サウサンプトンとの結晶は1−1のスコアで試合が終了し、決着は再試合にもつれ込んだ(当時はファイナルでも再試合があった)。
 
 だが、フォルクはサウサンプトンのゴールはオフサイドであり、無効である、と主張していた。フォルクは抗議するために試合後にレフェリーを探し始めた。
 
 当時のラインズマンだったJ・T・ハウクロフト氏がそのときの様子をこう述べている。
「フォルクは素っ裸でドレッシングルームの外に立っていた。FAの事務官がフォルクにはやくチームメイトのところに戻るように懇願していた。でも彼は復讐する気満々だった。だから私は主審を努めていたカークハムに『早く個室に隠れてドアをロックするんだ』と叫んだんだ。彼はカークハムのところへ巨漢を揺らしながら近づいていった。素っ裸でね。あのときの光景は忘れることができない」

 シェフィールド・ユナイテッドのホームスタジアム、ブラモール・レーン(Bramall Lane)は1879年からクラブのホームスタジアムとして使用されている。しかしブラモール・レーンが建設されたのは1855年、今から約150年前のことだ。これは現在もプロクラブが使用しているスタジアムの中では世界最古のスタジアムということになる。

 1973年まではヨークシャー・クリケットクラブと共同でスタジアムを使用していたが、現在は単独で使用している。
 
 スタジアムが古いのと同様、クラブの最後のタイトルもかなり昔にさかのぼる。
 前述のウィリアム・フォルクがいた時代に3つのタイトルを獲得したが、それ以降は1915年と1925年にFAカップで優勝しただけだ。それ以降何のタイトルも獲得していない。

 シェフィールド・ユナイテッドは中国と親密な関係にある。中国のチームを買収した最初のクラブがシェフィールド・ユナイテッドなのだ。
 Chengdu Wuniuという中国のクラブはChengdu Blades(ブレイズはシェフィールド・ユナイテッドのニックネーム)に解明された。そしてChengdu Bladesのユースチームは「シェフィールド・ユナイテッド」と呼ばれている。

 シェフィールド・ユナイテッド2007年に降格したときは、テベス問題に関して中国からの抗議の手紙が5000通も届いたらしい。(ウエストハムがテベスとマスチェラーノの獲得に関して規約違反があり、罰金を科せられていたが、シェフィールド・ユナイテッド側は勝点剥奪を主張。結局この主張は通らず、わずかな勝点(3差)で降格が決定した、という問題のこと)

 またチェアマンのケヴィン・マッケイブ(Kevin McCabe)氏は中国だけではなく、ハンガリーの強豪クラブ、フェレンツヴァーロシュ(Ferencvarosi)も買収するなど海外進出に意欲的な人物としても有名である。

 シェフィール・ユナイテッドが、あのディエゴ・マラドーナの獲得を狙っていたことはあまり知られていない。当時の監督ハリー・ハスラム(Harry Haslam 1978-81シーズン在籍)が、南米にスカウティングに出かけ、そこで17歳のマラドーナに目をつけたのだ。結局クラブ首脳が獲得を許可せず、移籍は実現しなかった。
画像
クラブエンブレム William Foulke
ユニフォーム
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