| クラブ名 |
Peterborough United ピーターボロ・ユナイテッド |
| ニックネーム |
The Reds ザポッシュ |
| クラブ創立年 |
1934年 |
| ホームスタジアム |
London Road Stadium ロンドン・ロード・スタジアム |
| 収容客数 |
15314人 |
| ライバルクラブ |
Cambridge United / Northampton Town / Rushden & Diamonds |
| クラブ公式HP |
http://www.theposh.com/page/Welcome |
| ファンサイト |
Up The Posh |
所属ディヴィジョン
フットボールリーグの変遷はこちらで参照してください。 |
| 年 |
部 |
所属ディヴィジョン |
| 1960- |
4 |
Divison4 |
| 1961- |
3 |
Divison3 |
| 1968- |
4 |
Divison4 |
| 1974- |
3 |
Divison3 |
| 1979- |
4 |
Divison4 |
| 1991- |
3 |
Divison3 |
| 1992- |
2 |
Divison1 |
| 1994- |
3 |
Divison2 |
| 1997- |
4 |
Divison3 |
| 2000- |
3 |
Divison2 |
| 2004- |
3 |
FL 1 |
| 2005- |
4 |
FL 2 |
| 2008- |
3 |
FL 1 |
| 2009- |
2 |
FL Championship |
|
| 備考 |
2008年のエイプリルフールに、イブニングテレグラフ紙がこのような記事を掲載した。
「ピーターボロ・ユナイテッドはビクトリア・ベッカム(デイヴィッド・ベッカムの妻)にクラブの愛称である『ポッシュ』(それは同時にヴィクトリアの愛称でもある)という呼び名を(その権利)を売却した」
さらに記事は、クラブがサポーターが今後試合中に「ポッシュ」と叫ばないように見張り(警備)の人間を雇った、と続いている。
これを見たサポーターは怒り狂い、新聞社を包囲し、抗議の文章を送った。
この新聞の記事が完全なデタラメではないというところに、この事件の問題がある。
1999年、ピーターボロがクラブの愛称である「ポッシュ」(おしゃれな、洗練された、という意味)の登録商標の申請をしようとしたところ、ベッカム夫人がそれに待ったをかけるという出来事が起きていたのだ。
そもそもピーターボロが「ポッシュ」という愛称になったのは1921年に当時の監督であるパット・ティレル(Pat Tirrel)が「ポッシュなチームのためにポッシュな選手を探しているんだ」と発言したことに由来している。
ベッカム夫人よりもはるかに前から「ポッシュ」と呼ばれていただけに、ピーターボロサポーターの怒りは当然だという見方が多かった。
ピーターボロ・ユナイテッドが正式にクラブとして創立されたのは1934年。
フットボールリーグに加盟したのは1960年のことである。
ストライカーのテリー・ブライ(Terry Bly)は1シーズン52ゴールというディヴィジョン4の歴代得点記録を作った。
そしてトータル81試合で88ゴールという驚異的な記録を作った選手としても有名である。
クラブの歴史は、浮き沈みが激しいいわゆる「ローラーコースタークラブ」の典型のようなものだ。
クラブは相当な財政難に陥り、2003年にはホームスタジアムであるロンドン・ロードを維持できない状況になり、別会社に保有権を譲渡しなければならなくなった。
2006年に若いアイルランドの資産家、ダラフ・マクアントニー(Darragh MacAnthony)がオーナーに就任し、なんとか持ちこたえている状況だ。
2007年には、マンチェスター・ユナイテッドの監督、サー・アレックス・ファーガソン(Sir Alex Ferguson)の息子、ダレン・ファーガソン(Darren
Ferguson)が監督に就任した。
サポーターは新米監督であるファーガソンへの敵意を露にし、経験豊富な監督の招聘を切望した。しかしファーガソンは最初のシーズンでチームを昇格に導き、サポーターを黙らせることに成功した。
2006年にはこのような出来事もあった。
バリー・フライは現在クラブのディレクター職に就いているが、当時はクラブのチェアマンだった。
フライはテレビ局の求めに応じ、元マンチェスターユナイテッドの選手であったロン・アトキンソン(Ron Atkinson)がピーターボロの新米監督スティーブ・ブリーズデイル(Steve
Bleasdale)の手助けをして昇格を目指すという筋書きのドキュメンタリー番組を撮影する許可を与えた。
困ったのはピーターボロの選手たちで、カメラはドレッシングルームにまで入り込み、選手同士の口論や監督とのやり取りを撮影した。
ブリーズデイル監督もアトキンソンが補佐についているせいでやりづらさを覚えたのか、満足のいく結果が残せなかった。
そして彼はマクルスフィールド戦の試合の途中で監督をクビになり、前代未聞ドキュメンタリーはピーターボロの人たちからバッシングを受けることとなった。
次にピーターボロ・ユナイテッドの少し変わった選手を紹介しよう。
レオン・マッケンジー(Leon McKenzie 2000-03シーズン在籍)は104試合54ゴールの記録を残したストライカーだが、彼はウォーミングアップにボクシングを取り込んだことで有名だった。
彼の父親のクリントン・マッケンジーはイギリスのウェルター級のチャンピオンだったし、叔父のデュークは世界チャンピオンだったからだ。
レオンは試合前になると映画「ロッキー」を観ながらウォームアップをしていたらしい。
そしてとりわけ変わり者だったのが、GKのフレッド・バーバー(Fred Barber 1991-94シーズン在籍)だ。
彼はゴム製のマスクをかぶり、映画「エルム街の悪夢」の殺人鬼、フレッド・クルーガーとしてピッチに登場し、注目を得ようとした。
しかしアウェーゲームでもこのパフォーマンスを行ったため、時には警察とひと悶着を起こすこともあったという。
下部ディヴィジョンが定位置のピーターボロ・ユナイテッドにとってイングランド代表選手の輩出などは夢のまた夢である。
しかし2008年に、ファビオ・カペッロは対アメリカ戦および対トリニダード・トバゴ戦のメンバーとしてピーターボロのGKジョー・ルイス(Joe
Lewis)を召集した。
両試合ともに出場機会はなかったが、プレミアリーグと下部リーグの天文学的な格差(ルイスの年俸はスティーブン・ジェラードの3日分の給料に相当する)を考えれば、画期的な出来事だった。
ルイスは「カペッロは(クラブディレクターの)バリー・フライよりも英語がうまかったよ」と代表召集の感想をもらしている。
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| 画像 |
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| クラブエンブレム |
Darren Ferguson |
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ユニフォーム |
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