Zeit展における発表作品

松ぼっくりの時間ー詩と理の狭間    Between poetry & theory       エサシトモコ

松ぼっくりの時間・・・の「時間」とは、今刻む時間ではなくモノに含まれる「記憶」としての時間と解釈する。「詩」と「理」・・・・・・・・対立する二つの言葉、現象は表裏一体であり、片方を深く考察すればするほどもう片方に限りなく近づいていく。ACACから送ってもらったダンボール一杯の松ぼっくりを使用し、週間朝日百科「植物の世界」からの「松」「松ぼっくり」に関する引用文とそれに対照させて、松ぼっくりと木彫や漆を組み合わせた作品。

撮影:後藤 充


松明として闇夜を照らすように、松は火を象徴している。樹脂に富み、炭素含有量が高く、材木エネルギーのうちで最も高い火力をもっているためであろう。梵鐘や刀剣、農具などの鉄製品、また古伊万里をはじめ楽、萩、唐津などの焼き物の名品の数々が松の炎の中でうまれた。日本人は松エネルギーを手にすることにより、確実に文化の水準を高めたのである。松は多くの詩歌や、能、歌舞伎など伝統芸能に多く登場し、意識・無意識のうちに日本人の心をとらえてきた。エネルギーは形を残さずに文化を支えている


エネルギーの使用形態から日本人文化を区分すると、現代は石油エネルギー時代であると位置づけられる。そして水田耕作の始まる弥生時代から明治の産業革命に至る千数百年間を「松林文化時代」とよびたい。水稲栽培を中心とする集落が形成されると、周囲の森林は、薪や肥やしとするために、柴や落ち葉が刈られる。そして人手が加わると、暗くじめじめした照葉樹林は、やがて明るい雑木林や松林に変わる。山で柴を刈れば、松は自然と生えてくるのである。松は瑞穂の国の日本人の生活圏に自分から飛び込んできた樹木であって、植え育てられたスギやヒノキとは異なる、きわめてユニークな樹木といえよう。
        
                    


マツといえばだれでも、針状の細い葉と松笠を思い描くだろう。松笠は、一本の短い太い軸の周りに、硬く木質化した多数の鱗片葉(果鱗とよぶ)が螺旋状につき、果鱗の内側に種子を抱いた構造になっている。このような構造をもつものを広く球果といい、球果をもつ一群の植物を球果植物とよぶ。 球果植物のなかで、球果が木質で果鱗が螺旋状につき、種子は種鱗に2個ずつつくのが、マツ科である。

種子は長さ4〜5氓ナ、種鱗の組織に由来する長さ1〜1.5の種翼があり、風に乗る。


松ぼっくりの時間野外展示

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