:本多真理子 丸山芳子 エサシトモコ


★ ECHO PROJECTエコー・プロジェクトとは
 
2001年リトアニア国際アートシンポジウム"ON THE EDGE"に参加した私達(本多 丸山 エサシ の3名)は、海外作家との交流のなかで、互いの類似や差異を理解し認めたうえでのコミュニケーションの重要性を実感し、現代世界に漂う不信感や無力感に対して私達表現者ができることとして、現代美術を通した国際交流活動を開始しました。海外から作家を招いて滞在していただき、展覧会やトーク、ワークショップなどによって、招待作家個人の意識や生き方、民族性などに向き合っての深い相互理解の機会を、観客とともに共有できるようにしたいと思います。
 また、現代美術は一般に“難解”と思われがちですが、“作家の想像力”とは作品を生み出す純粋培養シャーレのようなものとは限らず、日々の生活からの実感や社会への視線などが発想やコンセプトの下地になることが多々あります。企画メンバーの3人は共に、美術作家としても社会生活者としても“中堅”と呼ばれる世代であり、子供の成長や親の高齢化を見つめつつ積み重ねた社会生活からの実感は、観客や招待作家とも共通するものがあるかも知れません。トークでは作家と観客との対話によって相互に得るものがあり、現代美術がより身近なものになるように、そして民族、宗教、文化などの違いを越えてわかり合うために、日本と世界の間に相互理解のエコー(こだま)を伝播させたいと思います


生きつつあるアート 「エコー・プロジェクト」の展開

 作品に完成があると誰が決めたのか。もし仮にあったとしても、完成したものだけを人に見せるというのはいったい誰が決めたことなのか。このプロジェクトに沿いながらわかったのは、参加メンバーの活動に完成という言葉は不要だということだった。そして、そもそも人の営みというのは、その大きな流れの総体が実はひとつの作品なのではないかということを改めて感じさせられたのである。

 このプロジェクトの発端は、2001年にバルト三国のひとつリトアニア共和国で開かれた「On the Edge」というアート・シンポジウムに逆上る。「On the Edge」は、世界各地のアーティストが集い、作品制作やディスカッションを通して互いの表現上の共通性や相違性を確認し合うというものであった。
 スー・グリアソンエサシトモコはこの会場で出会い、自然への眼差しにおいてある共通の感覚を見出した。シンポジウム終了後も2人は連絡を取り合い、いつしか共同作業の可能性を探るようになっていた。しかしひとつのチャレンジの不調から、具体的なプロジェクトの話はしばらく遠退いていた。
 プロジェクトの糸が再び結ばれるのは2002年の秋になってからだ。やはり「On the Edge」に参加していた丸山芳子と本多真理子が加わり、新たに「エコー」というタイトルも掲げられた。まずコンセンサスを深めるためのワークショップを東京で行い、その後、東京とスコットランドでグループ展を開くのだという。こうした計画からうかがえるのは、作品発表に多くを期待するのではなく、むしろそのプロセスを重視しようとする態度であった。あたかもエコーのごとく、このプロジェクトは互いの呼びかけに応え合いながら形を成していったのである。
 2003年3月、吉祥寺にあるトキ・アートスペース・アネックスを舞台にエコー・プロジェクトVol.1は実施された。毎週末、グリアソンによるレクチャーやワークショップが行われ、併せてメンバーによる作品も展示された。そこで交わされる話題は、作品のことから染色、自然、料理、スコットランドの暮らしへと広がり、参集した人々も美術という枠を離れて思い思いに意思疎通を図ることができた。
 その3ヵ月後、エコー・プロジェクトVol.2が開催された。こちらはトキ・アートスペース表参道画廊を使った4人のメンバーによる作品展示であった。
 トキ・アートスペースにはグリアソンと丸山の作品が展示された。グリアソンは3月のワークショップで撮影した人々の写真を壁に掲示し、丸山は石膏で型どりした手足を床にたくさん並べた。そこでは、幸福感あふれる壁の作品と不安感を煽る床の作品とが鮮烈な対照を示していた。
 一方、表参道画廊では、エサシと本多のインスタレーションにグリアソンのビデオ作品が加わった。エサシは照明を落とした会場で作品に直に触れさせ、観客を皮膚感覚に集中させた。本多は飼育かごの照明を昼夜交互に点灯させて、ハムスターの生活リズムを操作した。グリアンスンは風景の白黒を反転させることで、光が心理に与える影響を見た。2つの画廊の作品を見進めるに従い、視覚を通したさまざまな心理作用が連鎖的に体験できる展示となっていた。
 エコー・プロジェクトVol.3は「TWO 二 Connecting」というタイトルのもと、2003年8月にスコットランドのセント・アンドリュースにあるクロフォード・アートセンターで実施された。これは、本多の協力の下にグリアソンとエサシが滞在制作および展示を行うというものであった。このプロジェクトはそれでひとまず幕を下ろしたが、これを実現に導いた連鎖の力は、それぞれの参加メンバーを媒介としてまた新たな連鎖を呼び起こすに違いない。投げかけの力というのはそうして伝播してゆくところに意味を持つのだ。

 作品の完成というのは、おそらくそれを評価するために生み出された約束事だったのだろう。そしてその考え方は、学校教育などの業績主義が広まるにつれ市民のあいだにも浸透していった。最終的な結果で優劣を決めるのが最も平等なやり方だと信じられてきたのだ。しかし、そうした評価方法の持つ問題点が近年しばしば指摘されるようになった。つまり、普遍的な評価基準というものが実は存在しないのではないかというのだ。
 創作活動を評価しようと誰が言い出したのだろう。そもそも人間の個人的な営みに優劣をつける必要があるのか。もしそれができる人がいるとしたら、その活動によって現実に生き方を変えられた者をおいて他にない。そのことをこのエコー・プロジェクトは示しているように思えてならない。

松永 康(アートコーディネーター)

★2003年:ECHO活動報告★

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