医療訴訟における司法界の組織的な隠蔽工作
イメージ2
                  横 関 喜 美
 この事件については,会員ひろばNO.1「三審制の形骸化」とNO.6「事件記録の廃棄」に載っていますが,その後「ニュースの考古学」猪瀬直樹著(「週間文春」2001.3.15日号)でも取り上げられたように、事の発端は今から21年前の昭和56年に食後の腹部の痛みで受診した札幌厚生病院の消化器科で当時、副院長で消化器科の医長であった村島義男医師の指示を受けた看護婦に「この注射を打つと身体の何処かに悪いところがあると身をよじるような痛みがあるから」と言って右腕に多量に打たれたのち、薬物の残留による循環障害により全身に後遺障害を生じ、就労及び勉学が困難となった医療事件です。
 知人の紹介で受診した北海道大学の内科の高橋名誉教授は、東洋医学の治療をしており、注射を打たれた時の看護婦の言葉を伝えると「人体実験されたんだな」と言って怒った。京都大学の内科系の教授も村島医師の雑誌論文について「これは人体実験だ」と法廷で証言している。
 後に、探索して分かったのであるが、リピオドールという体内に残留して後遺障害を惹きする油性ヨード造影剤を村島医師は、承認外の臓器の診断に45例以上も使用実験した学会発表に部下と共に名前を連ねていたのである。
 当初、村島医師は注射薬の問い合わせに対して「ヨード剤」と答えたが、後に撤回し胆道機能収縮剤セオスニン0.5ccを注射しただけだと主張した。
 しかし、普通の太さの注射器に8分目位、入っていたことから20cc程度注入されたと考えられる上、本来あるべき注射の指示票がなく、担当看護婦が記入したと言うカルテの検査項目の実施日やX線照射箋の筆跡が全く違っており、X線照射箋の村島医師のサインが村島医師の筆跡でも担当看護婦の筆跡でもない上、検査指示の月日も月だけで日付がなく空白であるなど改竄と思われるものであった。
 札幌高裁の控訴審で、X線写真やMRI写真、体内からの排出物の分析により、油性ヨード造影剤リピオドールが多量に体内に残留していることが、2名の医師と薬学者による意見書や診断書で証明されたが、病院側の証人である北海道大学の放射線科の宮坂和男教授はリピオドールではなくゴミやノイズが写っていると主張したのである。
 外(写真)と内(排出物)の両方からリピオドールの残留を証明したので、安心していたところ、結審間際に宗方武裁判長から瀬戸正義裁判長に代わってから流れが変わり、判決では、カルテの改竄や排出物の分析結果についての意見書、注射の指示票がないなどのこちらに有利な証拠は全て無視し、宮坂教授
−1−

が後に自ら認めた事実に反した証言まで無視して、病院側の言い分を全面的に認め、リピオドールを注射してもいないし残留もしていないというもので敗訴となったのである。陪席判事は、小野博道裁判官と土屋靖之裁判官であった。
 リピオドールの残留を抱えて日々、後遺障害と闘っている私にとっては全く真実に反する判決であった。
民事訴訟を提起する前に、村島医師を傷害罪で告訴していたが、札幌地検の上司の「医者の名誉もあるから」との意向で捜査が打ち切られたのか、「嫌疑不十分」で不起訴になっていた。
そこで、係争中の札幌高裁に村島医師の警察と検察での供述調書の取り寄せを平成7年10月12日に申し立てて採用されたのであるが、札幌地検からの回答書(10月24日付け)では尾崎幸廣総務部長名で「保存期間満了のため廃棄しているので送付できない」との内容であった。                    
供述調書の取り寄せを打ち合わせた時、当方の代理人弁護士に「大分、経つけれど廃棄されていないだろうか」と尋ねると、弁護士は「こういう事件は絶対に廃棄しない」と断言したのである。
この後、弁護士が証拠のMRI写真を裁判所に提出していない疑いがあったので10月18日、解任したが、担当の山田尚智書記官は異例にも、その日のうちに病院側の弁護士にFAXで解任届を通知しており翌日の10月19日付けで宗方裁判長から札幌地検に宛てた村島医師の供述調書取り寄せの文書送付嘱託書が発行されていたのである。
そのあと、同年11月7日に当時の記録保管係長・米澤文哉氏に廃棄日を尋ねたところ、裁判所から文書送付嘱託書が届いたと同日に事件記録が廃棄されたことが判明したのである。
平成7年11月7日当時の札幌地検・記録保管係の米澤文哉係長との会話録音の反訳
横関   送付嘱託がいったのと廃棄した日が重なったということなんですか。
米澤係長 あぁ、たまたま重なっていると思いますね、これは。
横関   たまたま重なったんですか、廃棄と送付嘱託が行ったのと。
米澤係長 ええ。
しかし、上司の命令で廃棄日を答えないので、新たに委任した弁護士が電話で尾崎総務部長に廃棄日を尋ねたが、10月上旬としか答えないため照会文書を札幌地検の検事正宛(小林永和)に送付したところ、尾崎総務部長名で「廃棄日は10月3日、文書送付嘱託書が届いたのは10月23日」と、米澤記録保管係
−2−
長とは異なった回答書が届いたのである。
札幌高裁の担当の山田書記官も札幌地検への文書送付嘱託書の送付日を23日と答えるのみで、どうしても送付の記録簿を見せず、民事訴訟法に基づく送達報告書も作成していなかった。
その後、札幌地検も又、受領印が押された文書送付嘱託書を何んら秘匿性がないにも関わらず閲覧を拒否したのである。。
 そこで、当時の吉永祐介検事総長に調査を求める告訴状を12月に提出したが、
音沙汰がないまま吉永検事総長は任期を残して翌年1月か2月に勇退してしまったので、最高検に問い合わせたところ、札幌地検に回付したとのことであった。尾崎総務部長は未だ札幌地検に在籍していたのであるから、本来であれば上級庁である札幌高検に回付すべきだったのではないだろうか。後で分かったのであるが、この時の札幌高検の検事長は元・東京地検特捜部長の山口祐介氏であった。
 まもなく札幌地検から「具体的な犯罪事実の記載がないことから立件しない取り扱いになっている。」との通知が届いた。
 そこで、尾崎総務部長を有印虚偽公文書作成・同行使、公文書毀棄、公務員職権濫用の罪名を記載し、米澤記録保管係長との会話録音の反訳書を添付して再び最高検察庁に就任したばかりの土肥検事総長宛に告訴状を提出したが再び、札幌地検に回付され、大八木治夫特別刑事部長は不起訴処分にしたのである。最高検からは、どんな指示があったのであろうか。
 大八木部長に面談を申し込み渋っていたが、約束を取り付け「どうして不起訴にしたのかと詰問すると「はっきりしないということだったので」と他人ごとのように答えたので、当時の米澤記録保管係長との会話録音の反訳書の「送付嘱託書が(札幌地検に)届いたのと(事件記録が)廃棄された日が同日」との部分を示したところ、「あっ」と驚き「その反訳書も付けて検察審査会に申し立てて下さい」と言われたので翌日早速、検察審査会に様式を貰いに行ったが、職員の言動に不信を抱き、申し立てを一旦見送ってしまった。
 民事訴訟の上告審の最高裁では第2小法廷の審理中に、判決を左右すると言われる調査官が大坪丘氏から杉原則彦氏に交替した上、札幌地検で村島医師に対する告訴の件を捜査中に就任した亀山継夫検事正が今度は最高裁の判事として同じ第2小法廷に就任してきたのであまりの偶然に驚いた。更に山口繁長官が何故か第3小法廷に移り、替わって第3小法廷に就任したばかりの梶谷玄判事が移ってきたのである。
 最高裁の判決は、「証拠の取捨選択は高裁の専権事項だ」として恣意的な証拠
の取捨選択の違法性については判断が示されず敗訴となったのである。
−3−
翌年の昭和12年に一年発起して札幌地検での尾崎総務部長の事件記録廃棄の件について、札幌検察審査会に審査を申し立て、札幌高検には不服申し立てをしたのであるが、ここから隠蔽工作が始まったのである。
 申し立てとは別に札幌地検の記録保管係に赴き、後日、事件記録の廃棄関係文書の閲覧だけが一部許可されたのであるが、この時、応対した坪昌昭記録保管係長との話しから村島医師の事件記録は、民事事件が係属していたため、内部規程により保存期間を延長して保存されていたことが分かったのである。
 平成12年4月6日当時の坪昌昭記録保管係長との会話録音の反訳
 坪係長「不服申し立て裁判のために本来である保存期間を延長して保管することと書いてある」
 横関 「それは民事の裁判をやっている場合には延長になるんですか」
 坪係長「そうです」
 ところが、札幌検察審査会で「不起訴相当」との議決が出され、その3日後の6月30日に、札幌地検の記録保管係で事件記録の保存、廃棄関係文書の謄写が許可されたが、原本ではなくコピーであり、原本の閲覧は拒否された。写真撮影だけが許可され、次の事実が確認されたのである。
 謄写した不起訴事件記録保存簿の村島医師の該当する備考欄には「民事(不服申立)事件につき保管延長手続済」との記載があったが、「民事」の文字が小さく読みにくく、他の事件が全て「氏名不祥」と記載されており、用紙の片面が全て空白であったことから不自然であり改ざんされたのではないかとの疑いをもった。
先の弁護士の照会文書に対する回答書では、尾崎総務部長は廃棄理由を不起訴処分に対する「札幌高等検察庁への不服申し立て完結後の10月3日に廃棄した」と回答していたのである。だが、札幌高検への不服申し立てが完結したのは尾崎総務部長も回答しているように平成6年3月8日であることから、それから1年7カ月余り経って裁判所からの文書送付嘱託書が届いたと同月の3日に何故、廃棄されたのか明らかでなかった。                                                                         
しかも尾崎総務部長は、弁護士の照会文書に対して廃棄の根拠を「内部の規程に基づき行っている」と回答したが、根拠条文を照会すると、「内部の規程は公表しない」と回答しているのである。 
 民事事件が係属していたため、内部の規程に基づき保存期間延長の手続きが為されていた事件記録を尾崎総務部長は不当にも廃棄し、「保存期間満了のため廃棄しているので送付できない」と裁判所に虚偽の回答をしたことになる。
 坪記録保管係長も「これによって正当な妨害されて、正当な書類を廃棄されて」と言っており、尾崎総務部長の公務員職権濫用、公文書毀棄、有印虚偽公
−4−
文書作成の罪は明らかであると言える。
 ところが、「不起訴相当」と議決した札幌検察審査会の議決書の要旨には、民事事件が係属していたため保存期間が延長されていたことについては何も書かれていず「札幌高検への不服申立のため当分の間、保存期間延長の処分を為した」と書かれていたのである。
 しかし、本来あるべき保存期間延長の申請書が開示されていない上、申立人が平成15年7月23日12年4月6日に記録保管係で廃棄目録の最後に綴じられている別紙(19保存期間延長記録)を閲覧した時には、他の保存期間延長記録の廃棄理由は次の坪記録保管係長との会話にあるように、全て「民事事件が終結したため」と「告訴のおそれがなくなったため」と手書きで記載され桝目になって、おり、村島医師の事件記録の廃棄理由だけが「不服申立事件が終結したため」と記載されていたのである。
 平成12年4月6日当時の坪昌昭記録保管係長との会話録音の反訳
 横関  皆んな、これ「民事事件が終決したため」と書いてありますね。そしてこれ(村島の傷害被疑事件)「不服申立事件が終結したため」って。これは高検の段階だから最高検じゃないですよね。あと「告訴のおそれがなくなったため」って。
だが、検察審査会の議決後にやっと謄写を許可された廃棄目録の別紙(NO.19
保存期間延長記録)は、閲覧した時とは異なり村島医師の事件以外は全て墨塗
りになっており、次の坪記録保管係長との会話にあるように、当初、閲覧した
時には記載されていなかった「61-181」という保存番号がタイプ打ちされて桝
目も消えていたのである。
 坪昌昭記録保管係長との会話録音の反訳
 横関  どうして保管延長記録と保存延長記録だけが別紙になるんですか
 坪係長 保存番号がないからです。
 横関  保存番号がない?
            (中略)
 坪係長 名前だけです。
 横関  名前だけ?
              (中略)
 坪係長 他のは皆、保存番号何番から何番までって出来るけど、これは保存番号がついてないんで出来ないので名前だけ。
               (中略)
 横関  最初は打ってるわけでしょう、保存番号。
坪係長 当初わね。
−5−
横関  保存期間過ぎた途端に番号がつかなくなるんですか。
 坪係長 そうです。
 横関  それで名前でやるわけ?
坪係長 そうです。
横関  どうして、延長記録は保存番号つけないんですか。
坪係長 関係ないじゃないですか。
以上の事実から改ざんが行われたと考えられる。
次に不起訴記録保存簿と同様、検察審査会の議決後に初めて見せられて謄写した保存期間延長不起訴記録保存簿についてであるが、これも不可解なものであった。村島医師の事件記録の廃棄日欄には「10月3日」とゴム判が押され、検察官印の欄には、平成5年当時の小沢駿介総務部長の印判として「小澤」の印判が押されていたが、職員録、法曹期別名簿、全裁判官経歴総覧の諸名簿のどれにも旧漢字の「小澤」ではなく新漢字の「小沢」が記載されていた上、延長理由の欄には先の不起訴記録保存簿の備考欄に記載されていた「民事」の記載が脱けており、「不服申立により同事件完結まで保管」と記載され、備考欄には「当分の間、保管のこと」と記載されていたのである。保存番号欄と備考欄などの欄が、後から付け足したように見える上、平成5年当時、用紙の中央部分に縦に印刷されていた「保存期間延長不起訴記録保存簿」の文字が全く印刷されていなかったことからも改ざんされたものと言える。
 その上、尾崎総務部長の告訴を担当した大八木検事は「嫌疑なし」との不起訴理由を発行していたが、次の坪記録保管係長との会話にあるように、事件記録の裁定書には「嫌疑不十分」と記載されていたことが分かったのである。
 坪昌昭記録保管係長との会話録音の反訳(平成12年6月30日)
 横関  これね尾崎さん、これ事件番号なんですか、140号というのは。
 坪係長 保存番号
          (中略)
 横関  これは、理由は嫌疑不十分なんですか。一応、これについて                                              
は嫌疑不十分というふうに書かれているんですか。
坪係長 そうですね。
 横関  これは、どこに書いてあるんですか、嫌疑不十分。
 坪係長 裁定書ですから。
 横関  あぁ、裁定書に嫌疑不十分と書いてあるんですか。
坪係長 そうです。
 
ところが札幌検察審査会の門野賢蔵事務局長との下記・会話録音にもあるように尾崎総務
−6−
部長の裁定主文は「嫌疑不十分」であったにも関わらず、検察審査会の議決書の要旨の文中には「嫌疑なし」と記載されていたのである。

門野事務局長との会話録音の反訳(平成12年7月29日)
横関 裁定主文は嫌疑不十分だったんですよね。
門野事務局長  そうだったと思います。
横関      嫌疑不十分ですよね。どうして嫌疑不十分かということの内容は書いてないんですか。
門野事務局長   だから、嫌疑不十分だっていうことはーーーー。
横関       どうして嫌疑不十分になったっていうことは。
門野事務局長   だから、あの議決書の要旨にも、議決書の要旨には載っていたと思いますので、あの嫌疑不十分。
横関       議決書ですか。
門野事務局長   えぇ、要旨。検察官が不起訴にした理由は載っていたと。
横関       載っていないんじゃないですか。
門野事務局長   いや、要旨には必ず載っていますよね、検察官が不起訴にした理由は。
横関       不起訴理由?
門野事務局長   だから、嫌疑不十分って。
横関       要旨にですか。
門野事務局長   嫌疑不十分って書いてあったと思いますけどね。

門野事務局長は、何を怖れているのか議決書の「嫌疑不十分」の該当部分の閲覧さえ拒んだのである。
 以上の証拠事実から検察や警察に、尾崎総務部長と共に事件記録の保存,廃棄
関係文書の改ざんに関係したと思われる検察官や事務官を告訴したのであるが、「嫌疑なし」で不起訴となった。検察には不起訴になった理由についての説明を拒否されたので何故不起訴になったのかが判らないのである。告訴状を読んだ長老の弁護士は、「1人も起訴されなかったんですか」と言って驚いていた。    道警本部の捜査2課では、先の証拠の録音テープを「さしあたり、必要がないから」と言って返却され、告訴状の添付資料の録音テープのカ所に消却棒を書かされたのである。このあと、おかしいと感じ、弁護士に相談して「上申書」を提出することにして書きかけたが思い直して、捜査に廻された中央警察署捜査2課の課長に録音テープが必要な場合は連絡をくれるように伝えたが、はめられたのではないかとの疑いを持つ。こちらも捜査経過についての説明を拒否
−7−
された。
検察審査会には念のため,審査申立書に先の録音テープを添付したが、「不起訴相当」との議決書の要旨には「証拠がない」と書かれており、録音テープについては何も書かれていず、検察庁から提出された書面審理だけで証人調べもしていなかったことから、審査会の事務局が録音テープを審査会に提出したか否かについても疑問がある。
門野事務局長は、このあと旭川地裁の主席書記官に栄転した。役職の場合の任命権者は最高裁の人事局長か事務総長とのことであり、任命した事務総長は竹崎博充氏である。
司法制度改革審議会では、裁判官の昇進を含む任命が不透明だとして、市民を入れた第3者機関による裁判官の評価制度を提唱しているが、書記官人事についても不透明なものを感じてきた。
本件事件の半年後に、事件報道された福岡高検による福岡高裁の判事の妻の捜査情報漏洩事件に見られるように、検察と裁判所の不祥事の庇い合いの現実を身をもって体験した。外国の例にあるように、特別検察官制度のような捜査権のある第3者的な機関の必要性を痛感したのである。
上記・捜査情報漏洩事件のように内部告発がないと事件は闇に葬られてしまう。
札幌地検での事件記録廃棄の責任を問うには、制度として国家賠償請求訴訟しか残されていないので、私にとっては高額な訴訟費用を払って提訴した。
医療訴訟で裁判所の腐敗をいやというほど体験しているので期待はしていなかったが、それでも事実関係が更に明らかになると思っていたが、これが又、想像を絶するほどひどいものであった。たった2回の口頭弁論で強引に審議が打ち切られ結審したのである。1回の口頭弁論に7万円を裁判所に支払ったことになる。マスコミ関係者をはじめ傍聴人は皆、唖然とした。奥田正昭裁判長は判決日を8月19日と言い渡した。  
次回に掲載予定の「口頭弁論再開申立書」と「裁判官忌避申立書」は、いづ
れも不発に終わった。
日本の裁判の民主化は、諸外国のように民事訴訟の陪審制しかないのではないかとの感を強くした。
−8−


裁判官忌避申立が認められなければ、判決日は8月19日(火)です。