朝日新聞 日曜版より  

日陰のグルメ いやしい系
コードネームは赤い狼  北の最臭兵器@

2001.11.18
 かすかな身震いが、瞬時に背筋を駆け抜けたのを悟られたかもしれなかった。

 しかし、応接室で対面していたT氏は、私の年がいもなく、うぶなリアクションを楽しむかのように、柔和な笑みを絶やさない。
 T氏から私に手渡され、粘着テープで厳重に密封されたポリ袋から取り出されたのは、直系がゆうに15センチはある円筒の缶詰だった。
 しかも、すでに内部からの圧力に逆らい切れずにふくらみ、変形しかけていたのである。それは私をたじろがせるのに充分すぎる理由なのだった。T氏がおもむろに口を開いた。

 「こいつは「赤い狼」というブランドで、大使館員も聞いただけで舌なめずりするほどの最高級品だそうですよ。」
 東京丸の内のオフィスビルにある財団法人「スウェーデン交流センター」で、T氏の説明に聞き入りながら、私は寒気のする想像にふけってもいた。いまここで、この缶詰の内容物をぶちまけ、あたりかまわず投げつけたとしたら、それだけで私は、オフィス街を阿鼻叫喚の地獄に一変させてしまう2年遅れのノストラダムス男になってしまうのだ。

 この缶詰の中身こそ、世界最悪の臭気を放つというスウェーデンの塩漬け発酵ニシン「スールストレミング」なのだった。

次号へつづく

日陰のグルメ いやしい系
北欧のもっとも臭う日
A
 
 アバが歌い、ボルボが走る北欧のスウェーデンで、8月の第3木曜日に特別な意味があることなど、私にはまるで知るよしもなかった。

 しかし、スウェーデン交流センターのT氏によれば、それは地上で最も過激な臭気を放つ発酵食品「スールストレミング」にまつわる「スウェーデンのもっとも臭う日」だというのだ。「実はその日は、初物のスールストレミングが食べられる解禁日なんです。」

 スールストレミングは毎年5,6月にバルト海でとれたニシンを保存のために発酵させた、中世以来のスウェーデン北部に独特の食べ物である。ニシンは本来、塩漬けすれば保存できたのだが、塩が貴重品だったため、発酵させることになったという。 はやい話、起源はスカンジナビアの貧乏食なのだった。

 野外でしか食べられないほど強烈なスールストレミングの臭気は、さすがにスウェーデンでも好き嫌いが分かれるらしい。何より問題なのは、発酵の過程が止まらないということだ。

 ガスが充満した製造1年後の缶詰は、カウントダウンの始まった時限爆弾同然。不用意に空輸すれば、機内は映画の「エアポート」シリーズさながらのパニックに襲われることだろう。
 T氏のはからいで手に入れたスールストレミングを、どうたべるか。私は悩んだ。


日陰のグルメ  いやしい系
くさ(く)ってもニシン B

 
 スールストレミングには、実は正当な作法というべき食べ方があった。
 用意するものは、クネッケと呼ばれる北欧の平べったいライ麦のパン、スライスして水にさらしたタマネギ、ゆでたジャガイモ。

 せんべいを思わす固さのクネッケにたっぷりバターを塗り、タマネギ、ジャガイモ、スールストレミングをのせて、お口へどうぞ。このときかならず、薬草入りのジャガイモ蒸留酒でアルコール度数40度以上のアクアビットも胃袋に流し込みましょう、というのだ。

 立ち上る臭気をものともせず、そんな優雅な野外でのお食事を堪能できるのか。私は異臭騒ぎにおじけづきながら、スールストレミング2缶と、六本木の北欧食材店で調達したクネッケとイモ焼酎を隠し持ち、東京都内某所の自然公園へ侵入したのだった。

 ひと気のないはずの平日なのに、なぜか人影は視野から去らず、こういう場合、邪悪な小動物と同義の小学生たちが、あたりをうろつく。

 ひと気のまばらな木陰を見つけ、ついに缶切りを握り締めるときが来た。膨張した缶は金属の刃が食い込むと、プシュッと音を立てて一気にガスを吐き出す。その瞬間、放たれた臭気は見えざる形のある塊となり、あまりにも無防備な私の顔面を痛打したのだった。

次回につづく

日陰のグルメ いやしい系
北の最臭兵器 C 完

おら、こんな魚はじめてだ

 クロスカウンターとなって顔面に炸裂したスールストレミングの臭気の衝撃に、わたしはいまにも腰が砕け、むせび泣かんばかりだった。
 世界の発酵食品に精通している東京農業大学教授の小泉武夫氏が、かつて「発酵のにおいの原点は糞尿臭」と書いていた事をまざまざと思い出しながら、アンモニア臭が凶悪なつめを鼻腔に食い込ませ、肉体を乗っ取ろうとするのに身をまかせていた。

 最初の缶をどうにか開けたとたん、さらにそのまま気を失いたくなった。発酵しすぎて、ニシンは影も形もなく、そこには見たこともない色をした肉汁が泡を立てて・・・・ギ、ギエー!!

 気を取り直して、などという理性はもはや前後不覚に陥ったまま、第2の缶を開けると、ニシンはなんとか形をとどめていた。フォークですくい取り、クネッケにのせて口に運ぶと、無数の微小な針が細胞のすき間に差し込まれるような刺激に襲いかかられる。

 放心したまま次々とニシンをのみ込む私は、一心不乱に泥まんじゅうをほお張る「ガラスの仮面」の北島マヤと化していたに違いない。
 不意に頭上をかすめて自衛隊のヘリコプターが飛び去った。目と鼻の先に駐屯地があるのだった。あいまいな意識は、異臭を関知した化学部隊の緊急出動を錯覚していた。



記者は、東京のスウェーデン交流センターで缶詰を手にしたのですね。応対をしたのは戸羽さんでしょうか。
北海道当別町の缶詰も同じブランドでしたから、入手経路は同じに違いない。しかし、どのようにスウェーデンから持ち込んだのだろうか?こんど誰かに聞いてみよう。 



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