セーテルグレンタン工芸学校 (2)

セーテルグレンタンはスウェーデンのヘムスロイド(手工芸)運動の中で、
若い工芸家を養成する役割を担う重要な学校です。現実社会の中で、
伝統的手工芸に触れる機会が少ない今、とても貴重な機会を与える場
所になっています。家で母親や父親が機織(はたおり)や縫い物をする、
木工をするということは今のスウェーデンでは身近な事ではないのです。

 今回、短期のコースに参加している人に尋ねてみました。
どうして織りをやろうとおもったの?
「おばあさんが機(はた)を持っている。昔おばあさんが織っていた。
母が織っていた。」
そんな人が織りのコースに参加していました。

 日本人の織り以外のコースの人に聞きました。
どうしてセーテルグレンタンのコースに来ましたか?
「日本で木工を習っていて先生に勧められた。 手仕事を日本でも好きで
やっていて、本で見て来たいと思った。」

スウェーデンの人にとってはとんでもなく高い講習費と滞在費になります。
教育は基本的に無料の国ですから。 だから、とても手工芸が好きで、少し
余裕がある人が来ているのです。 しかし、元を取らなければ・・という感じで、
夜も遅くまで熱心に製作に取り組みます。

 セーテルグレンタンの校長先生にインタビューしました。

日本人がたくさん来ることは歓迎していますか?
もちろん! セーテルグレンタンは日本との交流が50年前からあります。
このところいくつかの雑誌の取材があり、興味を持つ人がいるのはうれしい。
学校運営の財政の面からも、たくさんの参加があることは歓迎です。

言葉の面のむずかしさはありませんか?
短期コースはだいたい大丈夫です。織りは特別の言葉があるので少し
難しいですが。 1年・2年のコースになると、理論の授業があるので、
スウェーデン語ができるか、 英語がよくできないと難しい面がある。
いままでにも学生がいたが、難しいながらも なんとかがんばってきた。
スウェーデン語を習いながらここに通う人もいる。 本人が十分に分から
ないことを良しとするかどうか、ということでもある。



      


 (わたしが感じたこと)

日本人が日本の伝統工芸の感覚、知識を持って、違う風を運んできて
いっしょに製作を するのは、お互いに刺激的で楽しい事があるので
はないかと思う。 日本である程度の経験や自分の工芸感覚を持って
やってくると、また新たな刺激を 得たり、またなにかを与えたりできる
でしょう。 ただここへ来て何かをいただくだけではもったいないし、
申し訳ないという気がします。

セーテルグレンタンがスウェーデンの工芸活動の中でどのような意味が
ある学校か、 ということを理解してここに来ることが良いと思う。
スウェーデンの中でも特別な存在であり、スウェーデン人でもその
素晴らしさを 知らない人も多いのだから。
ヘムスロイド運動の歴史的背景も知っていると良いでしょう。




   Sa:tergla:ntan(セーテルグレンタン)工芸学校 (3)



<Svensk Hemslojdスベンスク・ヘムスロイド ( スウェーデン手工芸協会)>

ヘムスロイドってなに?


1899年にLilli Zuckerman(リッリ・ズッカーマン)と会長Prins Eugen(プリンス・エウゲン)によりSvensk Hemslojd(スベンスク・ヘムスロイド)は設立されました。 現代的な工業化により古い民族芸術が息の根を止められそうな状況になり、農民の美しい彩色を施された家具や、タペストリー、織物や道具などが捨て去られ、工業製品に取って代わられていました。工芸の古い技術は忘れ去られようとしていました。

Lilli Zuckerman(リッリ・ズッカーマン)は国中の古い手仕事を、特にテキスタイルを研究しました。村の人々から古い知識を教えてもらいました。 古い手工芸品を基本にして新しいモデルの手工芸品が提出されましたが、それは現代の要求に適合するものでした。

それから手工芸品はSvensk Hemslojd(スベンスク・ヘムスロイド)の店で売られ、それはまもなく人々を手工芸へと導く影響を与え、特に裕福な中産階級の人々がインテリアに取り入れました。販売の代金の一部は手工芸製作者にわたり、古い手工芸の伝統は生き延びることができました。この時代の伝統が生き残り、Svensk Hemslojd(スベンスク・ヘムスロイド)により管理されてきました。

Lilli Zuckerman(リッリ・ズッカーマン)は国中のスウェーデンの民族テキスタイルを調査し、カラー写真に収めました。彼女の所蔵品からの24000の写真は北方民族博物館に保存されています。

Lilli Zuckerman(リッリ・ズッカーマン)はショーヴデの薬局の娘で、そこで自分で製作した模様を販売していました。それに加えてHV(handarbets vanner)縫い物・織り物学校のコースだけが将来の仕事に反映される経歴でした。

1897年のストックホルム博覧会では新旧の工芸の大きな展示コーナーがもたれました。 この博覧会が彼女の興味を引き起こす効果が大きかったように思われます。彼女はしばしば博覧会がどんなに自分に影響を与えたかを語り、古い工芸は現代の工芸よりもずっとすばらしいと語りました。技術についての知識が伝えられたとしても、色や柄、質の感覚は薄れると言います。

(Svensk Hemslojdのサイトより)






”ヘムスロイド”という概念が、わたしはとても好きです。
Hem・・家で  slo:jda手仕事をする ということです。

上の文章にもあるように、40年・50年前には農作業の手があいた冬になると
家で木を削り、糸を紡ぎ、布を縫い合わせ、道具を作ったり衣類を繕ったり。
少しずつ自分の好みで飾りをつけ、形を作り、それぞれの美しさを生み出していた。

技術が高度でなくても、手で作ったものには美しさがあります。
作っているその”時間”は作り手にとっての幸せなひとときです。 

書店に行くと、このごろは自分の手で暮らしを彩る物をつくり、自分で
安心して食べる食事を作る・・暮らしをシンプルに楽しむことを取り上げた
雑誌や書籍がとてもたくさん目に付きます。

あまりにも多いのでどれも同じに見えてしまいますが、この現象はやはり
みんなが同じように感じているからなのではないでしょうか。

セーテルグレンタンの校長先生が次のように言っていました。
「時間に追われて忙しく暮らすようになった、ストレスの多い今だからこそ、
本来の人間の暮らしに立ち返り自分の手でなにかを作る喜びはとても
大きいのではないかしら。生活するというのはどういうことか?ゆっくり
物事を考え、体に良い美味しい食べ物を食べて手作りをして過ごせたら
それは大きな経験になるでしょう?」

セーテルグレンタンはそんな場所でした。

だから学校の食堂の食事はすばらしく美味しいのです。



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